第二話 プレッシャー

 新居の予定地の近くにアパートを借りた。

 妻と娘、3人家族にとってアパートは狭かったが、少しの辛抱だった。それに、私は埼玉の治療院と掛け持ちしていて、週3日はアパートを空けていた。


 3月のある日、棟梁が姿を見せ、大まかな打ち合わせをした。

 妻はいくつかリクエストを出していた。私は「バリアフリーにしてほしい」とだけ伝えておいた。眼病で弱視になり、白杖歩行している状態だったからだ。


 私は会社勤めを辞めて独立・開業、40歳の時、病気が分かり失明宣告された。50歳を目前に転職に踏み切り、鍼灸マッサージ師の専門学校に入学した。免許を取って治療院を開き、多くの患者さんに恵まれた。「このまま埼玉に骨を埋めるのかなあ」と思っていた矢先の大震災だった。


 棟梁は間取りはもちろん、早々と壁や床の色まで決めて帰った。

 この調子だと、すぐにでも家ができる、と我々は考えていた。埼玉の家は建て売りだっただけに、注文住宅に対する期待は大きかった。


 建設予定地は広い道路に面していた。胸をわくわくさせながら、前を通ったものだった。

 ごくたまに棟梁がひとり何かやっていた。少し心配になってきた。

 それとなく納期に話を振ると

「秋風が吹くころにはできるよ」

 と、棟梁はいたってのん気だった。


 初夏に上棟式までこぎつけた。

「もう早いで」

 と、棟梁。枠組みができたので、私もそんな気がしていた。


 しかし、一向に進んでいない。やがて、秋風が吹き始めた。

「ちょっと、遅れてるんじゃないの?」

 それだけのことを言うのに、勇気を奮い起こさなければならなかった。

「そう急かすなよ。ワシはプレッシャーに弱いんじゃ。年内にはできるで」

 ということだった。


 近所の人も「あんなに時間をかけて、何ができるんだろう」と気になっていたらしい。

 近所と言えば、近くにもう一人、幼なじみが住んでいる。

 野田文義。西山や私とは別世界の人間で、サラリーマンを勤め上げた。定年退職し、野菜作りに精出している。

 野田は麦わら帽子が似合う。案山子が束になってかかっても、野田には敵わないだろう。実用品は、単なる装飾品に勝る。


 野田はインテリである。西山を見つけると、寄って話し込む。

「なんじゃのう、やっぱり家ちゅうもんは…」

 などと蘊蓄うんちくを傾けるのである。

 退職者と現役ではテンポに差があるはずだが、奇妙にふたりの間には、まったりとした時間が流れている。


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