幻を追い求めた果て

red13

代償は……

 今回お話しする内容は、これを読んでいる諸君のいる世界でいう19世紀ごろの異世界に生まれた孤独な女性の物語である。

 その世界には、ヒルアドスという島があった。この島は舞台となる時代の3世紀ほど前にサピ帝国という国がこの島を見つけた。諸君の世界と同様に、この世界でも大国が見つけた小国や島々を占領することは常に起きていた。サピ帝国はヒルアドスを植民地にはせず、奴隷を確保する場として活用した。それから100年ほど経つと、ヒルアドスの支配者はサピ帝国からブル王国へと変わった。ブル王国はサピ帝国とは異なり、ヒルアドスを植民地として活用した。ヒルアドスは国として独立した後もブル王国との関係は良好であった。その証拠として、ヒルアドスの国家元首はブル国王であり、公用語はブル語、他の元ブル王国植民地がブル王国の支配下から脱する中、逆にブル王国のもとに戻るほどである。ヒルアドスがブル王国の支配下になってから200年後、この地に一人の女性が生まれた。彼女の名前はトーニャ・メルンといった。

 トーニャの父方の祖先はサピ帝国の奴隷商人であった。しかし、彼女の祖先はヒルアドスで得た奴隷をサピ帝国の植民地に運ぶ途中、遭難してしまう。彼らはなんとかヒルアドスには帰ることができた。しかし、ちょうどブル王国がヒルアドスを植民地化していた時期とかさなり、彼らは本国に帰るタイミングを失ってしまった。そのため、仕方がなく彼とその子孫たちはヒルアドスに住み着いた。

彼らはプライドが高く、ヒルアドスで常にサピ文化圏の生活をし、サピ語以外を話そうとしなかった。そのため、ヒルアドス内のブル人たちや奴隷からの評判は最悪なものであった。

 トーニャがうまれた十九世紀ごろになると、さすがにサピ系の血筋だけで固めるのは難しく、ブル系の血も多く混じっていた。そのことはトーニャの母親がブル人であることが示している。しかし、彼女の父親は、彼女にブル語を教えることはせず、サピ語を話させていた。その父親も簡単なブル語であれば話すことはできるが、その簡単なブル語でさえ話そうとしなかった。そのため、ブル語を普通に話せる母親が働き、一家を養っていたのであった。


 トーニャが十七歳になった頃、ある船乗りがヒルアドスに来た。その船乗りは名をジャック・ワーダンといった。彼は、当時はブル王国から独立したばかりのインダ連合国の出身であった。シー帝国という大国との交易をしており、母国語であるブル語はもちろん、シー語や、シー帝国との交易をしている国家の一つであるサピ帝国の言語にも長けていた。そんなジャックがヒルアドスに来た理由は、仕事などではなく、純粋な旅行としてブル王国の植民地を巡っていたためである。

 ヒルアドスを訪れていたジャックはある時、島の住民から厄介なサピ人の一家の存在を聞かされる。その一家に興味を持ったジャックは、一家の所在地を住人から聞き、実際に自分の目でその一家を確かめるつもりであった。

 噂のサピ人たちの家の前に立ったとき、一人女性がジャックの前に現れた。彼女はサピ語で「誰ですか! 我々に対する嫌がらせでもしに来たのですか!」とジャックに問い詰めた。彼は「インダ人の船乗りだ」と名乗ろうとしたが、島の住民から「例の一家はサピ圏のものに拘る」という話を聞いていたので、サピ語で「私はサピ帝国の船乗りのジャック・ワーダンだ」と嘘をついた。すると、その女性は目を輝かせながら、「あら、本国のお方なのね。すみません、先程は大変失礼なことをしました。よろしければ、我が家に寄っていってください。そうすれば、本国への憧れが強い父が喜ぶと思いますので」と語った。予想以上の「嘘」の効果にジャックは驚いた。しかし、よくよくその女性を見てみると影はあるものの、非常に可愛らしい顔立ちの女性であった。そのため、予想以上の反応に驚いたものの、可愛らしい女性からキラキラした目で見られるのは気分が良かった。「今度またこの家に寄ろうかな?」と考えていたジャックは、ふと思い出したかのように彼女に質問した。


「君の名前は?」


 そのように聞くと女性は顔を真っ赤にさせながら、「あっ、申し訳ございません。まだ、名乗っていませんでしたね。私はトーニャ、トーニャ・メルンです」と名乗った。それを聞いたジャックは満足げな顔をしながら、宿泊所に帰っていった。


 翌日、ジャックはトーニャの一家と昼食を共にしていた。そこで彼は知り合いのサピ人の話やサピ帝国へ行ったときの記憶、インダ連合国での思い出を混ぜて作り上げたでっち上げの過去を語った。その話をトーニャと彼女の父親は感激しながら聞き、彼女の母親もそんな彼らを見守りながら聞いていた。初対面であったものの彼女の両親からの信頼を、(嘘によって)勝ち取ったのだ。


 それから一ヶ月ほどが経ち、彼女の家にずっと通い続けたジャックは彼女の父親から「自分たちを本国に連れていってくれないか?」と持ちかけられた。それに対して、ジャックは半分了承して、半分断ることにした。「本国に連れて行くことができるのは経済的な問題からお嬢さんだけです」と。さらに彼はある条件をつけた。「お嬢さんを私の嫁にしていただけるのであれば了承しましょう」と。彼女の父親はその条件を呑んでしまった。

 ジャックの本当の目的は初めからトーニャを手に入れることだけであり、あとのことはその手段でしかなかった。そのため、彼女の両親をサピ帝国に連れていけないと言ったのは、経済的な問題ではなく、自分の嘘がバレたら時にトーニャと共に逃走されないためであった。予定通り、自分の嘘を信じさせたジャックは「トーニャをインダ連合国に連れていけばこちらのものだ」と内心でほくそ笑んでいた。そうとは知らず、両親と娘はお互いに離れ離れになることを悲しみつつ、同時に(娘が)サピ帝国へ行ける喜びを分かち合うのであった。


 インダ連合国に行くにあたって、ジャックがトーニャに言い聞かせていたことが一つある。それは「自分の使用人以外とは話すな」ということであった。勿論、彼の嘘が彼女にバレにくいようにする工作の一つだ。インダ連合国にいるサピ語が話せる人物などから、自分の正体を語られないようにするのだ。また、彼は「使用人は外国の人間でブル語しか話せない」とも語った。トーニャはそのことに不安を覚えたが、「ブル語が少し理解できるのなら困らない。君は母親から少しブル語を学んでいるから」と言いくるめられた。

 インダ連合国でのトーニャの生活は最悪なものであった。まず、あらかじめ使用人がサピ語を話せないことは理解していたものの、実際にそれを突きつけられると彼女にはキツかった。また、事情をジャックから聞いていない使用人は彼女を外へ連れ出そうとしたものの、彼女はジャックから「使用人以外とは話すな」と言われていたため、外へ出ることは苦痛でしかなかった。

 トーニャがジャックに騙されていたことを自覚したのは使用人に地図持ってこさせたときだ。彼女が使用人に対して、現在の場所を聞いたとき、使用人が指をさしたのはサピ帝国ではなく、インダ連合国だったのである。そこでようやく彼女はジャックに今まで騙されていたことに気づいた。

 その後、トーニャは使用人を利用してアメリカから脱出できないか模索したが、使用人がブル語を強要してきたことから、「自分の味方にはならない」と判断して、その計画は断念した。唯一彼女に残された希望はあの大嘘つき野郎の船乗りを問い詰めて、ヒルアドスか、サピ帝国へ送ってもらうことであった。しかし、このとき彼女はアメリカから脱出したいあまり、最悪の事態を想定できていなかった。

 ジャックが家に帰ったとき、トーニャは計画通り彼を問い詰めた。「この大嘘つき! ここはサピ帝国じゃなくて、インダ連合じゃない。私をヒルアドスに帰すか、サピ帝国に送りなさい!」と。しかし、ここで彼女の人生は終わってしまった。逆上したジャックによって、彼女は殺されてしまったのだ。彼女を殺したことで、ジャックは一瞬、ショックを受けた。しかし、すぐに「彼女は永遠に自分のものになった」と考え直し、彼女を棺に入れ、自身の家に彼女を留めることにした。その結果、彼女は永遠に「サピ帝国へ行く」という夢を断たれ、死後もインダ連合という地獄に閉じ込められることになったのであった。


終わり

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