第48話 変わっていく心
「圭、咲殿の様子はどうだ?」
診療所へ来ていたユリートが不意に問いかけてくる。
僕は小さく微笑むと、大丈夫そうですと答えた。
「どうしても故郷への恋しさは残る物です。こればかりは、どうしようもありません」
「圭も・・・恋しいのか?」
「全く感じないわけではないです。ただ、僕は咲と違って、この世界に長く居すぎてしまったから、自然とここが僕の生きていく場所なんだと受け入れているだけかもしれません。でも、もし、その時が来たら正直迷うかもしれませんね」
少しだけ苦笑いしながら、僕はそう答えた。
ユリートは何も答えず、ただ僕を見つめていた。
僕は、視線を逸らし咲へと向ける。
「例えば残る選択をしたとして、咲を見送る事になったらきっと羨ましいと心のどこかで思ってしまうかもしれない。残らない選択をしても、ここに長くいた分、アルベルトやライア、陛下の事を思って寂しさで後悔してしまうかもしれない。でも、陛下が言ってたように、間違った選択でもその先で何度も選択しながら生きて、その先で幸せを見つけられたら、それはそれでいい人生だったと思えるかもしれないですね」
「・・・そうだな。私もそろそろ新しい選択をしなければな」
そう呟いたユリートに僕は何も言えずにいた。
奪還してからもう4年以上は経っている。
ユリートの所には、すぐにでも王妃を娶るべきだと声が上がっていて、幾度かパーティーが開かれている。
最初の1、2年は流行病もあった事もあり、国の復興に力を注いできた。
それから外交が増え、交流という名目から次第に王妃候補を探すという名目に変わっていった。
それでも、数人候補は上がるもユリートは心を決めきれずにいた。
この世界には政略結婚というものがある。
貴族同士が互いの利益を考え結ぶ、結婚だ。
王族となると恋愛結婚よりも、政略結婚の方が今後の国の為になる。
それをユリートが理解していないはずはない。
強い後ろ盾を作るためにも、格式ある貴族、または隣国の王女などと婚姻を結ぶのが理想的だ。
だが、ユリートが決めかねているのは、ほんの少し僕のせいではないかと思っていた。だから、僕はあえてこの話題には触れなかった。
でも、ユリートは国と民を本当に慈しんでいる。
そんな彼が前へ進もうと決意した言葉が、僕は嬉しかった。
これも僕の勝手な傲慢さなのかもしれない・・・。
「陛下、僕はこれまでこの件について口を挟みませんでしたが、ほんの少しだけ身近な人間に目を向けてくれませんか?」
「どういう意味だ?」
「陛下も薄々は気付いているのでしょう?」
「・・・・・」
「僕の口からこんな話を聞きたくないと思いますが、僕は陛下も咲も大事なんです。2人にはどんな形であれ、幸せになって欲しいと願っているのです。
陛下の気持ちを僕なんかが察する事はできませんが、咲の想いも悩みも僕は手に取るようにわかるのです。咲の眼差しが昔の僕のようで、そして陛下のようで、アルベルトのようでもあるんです。だから、もし、心の隙間にでも咲の事を考えられる気持ちがあるのであれば、その選択肢にいれて入れていただきたいのです」
「・・・・」
「少しでいいんです。昔のように、僕にしてくれたように咲との時間を持ってあげてください。その中で、陛下に気持ちが芽生えなくとも、たとえ咲が口にしなくても、2人の関係はまた違ったいいものになると思います。僕がかつてあなたを心から敬愛したように・・・・」
僕はそう言いながら、咲へと向けていた視線をユリートへと移す。
それに気付いたのか、ユリートもまた僕へと視線を移した。
少しだけ悲しそうな表情を浮かべたユリートは、小さく微笑み僕の頭を撫でた。
「少しだけ時間をくれ」
そう言い残すと、ユリートは静かに診療所を出て行った。
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