第47話 変わっていく心

3年後—

「咲お姉ちゃん、圭、先に行くよ」

ライアの声に、僕と咲は慌てて後を追いかける。

13になったライアはぐんと背が伸び、少しだけ大人びた表情になってきていた。

ここへ来た頃、咲と一緒に診療所の助手として勤めていたが、その仕事にやりがいを見出したのか、最近では医学についての本を読み漁るようになった。

今では、診療場へ通う事を、僕達より熱心に行なっていた。

診療所でも、可愛らしく素直なライアはマスコットキャラのように可愛がられていた。

僕は笑顔に包まれて育っていくライアを、嬉しそうに見つめる。

「ライア、待って!走ったら危ないわ」

ライアの後を心配そうに追いかける咲は、未だに帰る手立てがなく、この世界へ留まったままだ。

明るい性格に加え、健気にこの世界の為に尽くそうとしている姿は、誰の目にも愛おしく写っていた。

それでも、時折故郷が恋しくて涙する夜もあった。

そんな時は、彼女が眠りにつくまで僕が寄り添っていた。

慰めの言葉をかける事もなく、ただ彼女の肩を抱き、頭を撫で続けた。

かつて僕がユリートや、アルベルトにして貰ったように、ただ静かに側にいた。


「圭、あなたは寂しくないの?」

「寂しいよ。でも、僕にはアルもライアもいる。それに、咲や陛下だって・・・」

「そうね。みんな優しくていい人ばかりだわ」

「うん・・・でも、寂しい時はこうして泣いていいんだよ。誰も責めたりしない。いつでも僕がこうして側にいる」

「うん・・・ありがとう」

静かに涙を流す咲に、ハンカチを渡しながら、また頭を撫でる。

「ねぇ、圭」

「ん?」

「ずっと聞きたかったの」

「何を?」

「圭の神聖力の事・・・私とは桁違いだし、どんなに修行しても祈りを捧げても、圭を超える事はできない。何となくわかってたし、私はそんな圭を尊敬してる。でも・・・前に圭が流行病にかかった時、陛下達が口にした訓練という言葉がずっと気になっていたの」

「・・・・そんな事を気にしてくれてたの?咲は優しいね」

「そんなんじゃないわ・・・圭、もしかして圭の修行はそんなに辛かったの?」

咲の質問に、僕は小さく微笑んで口を開く。

「前王は・・・陛下の父親でもあった王は、とても暴君な方でね。その取り巻きだった貴族も、神殿の神官達も横柄だった。平民を見下して、僕の力を使って金儲けを考えてた人達ばかりだったんだ。だから、色々と辛かった・・・辛くて苦しかった」

「そんな・・・・」

「でもね、陛下とアルベルトが側にいてくれた。2人とは色々あったけど、そうじゃなかったって誤解も解けたし、今は2人の事をとても信頼してる。それに、ライアも昔から小さな体で一生懸命僕を助けてくれたんだ。だから、今は辛くないよ」

僕の言葉に目を潤ませる咲に、にこりと微笑み、涙を拭う。

「今は咲もいる。僕は幸せ者だと思っているよ」

「圭・・・私ね、本が好きだったの」

「うん」

「圭は読んだことあるかな?私達の世界で転生シリーズが流行ってた事」

「うーん・・・本は読んだ事ないけど、アニメとかで冒険物なら見た事あるかも」

「私はね、聖女とか恋愛物が好きだったの。それでね、その物語に出てくる転生者はなんだかんだあっても、結局は恋をして幸せに生きるの」

「そうなんだ・・・」

「聖女とかは凄いのよ。修行なんてものしなくても元々与えられた力を使って、世界を幸せにしていくの。でもね・・・実際は違った」

咲は鼻を啜りながら、大きなため息を吐く。

「死んだのなら諦めもつくけど、私達は召喚されてここへ来た。家族には会えなくて寂しいし、力だって毎日お祈りしたり、修行しないと上手く使いこなせない。知ってる聖女像とは全く違う。でも・・・私には圭達がいる。それだけが、せめてもの救いね」

咲はそういうと小さく笑った。

そんな彼女を僕は愛おしく思う。恋とは違うけれど、ライアと同じように慈しみたくなる存在だ。

それに・・・ずっと前に一度だけ僕とアルベルトの事を色々聞いてきた事がある。

それは咲が、想い人がいる事を意味していた。

だけど、彼女はそれを口にすることはない。

いずれは帰れるかもしれない事を杞憂しているからだ。

例え想いが叶ったとしても、どんなにその人を想ってもきっとその時は悩むだろう。

その選択をきっと受け入れてくれる人だからこそ、置いていく事も、連れて行く事もできない。

それが、彼女が想いに蓋をして、固く口を閉ざしている原因なんだろう。

それでも、彼女の幸せを願う僕は傲慢なのもかもしれない・・・。

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