第36話 修行という名の苦痛
体に何本もの鋭い針を刺しているかのような痛みに、僕は過去を思い出す。
そして、本来なら側の衝立にかかっている薄い羽衣に着替えなければいけないが、そんな体力もなく、着の身のまま泉へと足を踏み入れる。
僕とは比べ物にならないが、少なからず痛みを感じているであろう介助者に部屋を出るように伝えると、僕は女神像へと足を進める。
冷たい泉の温度に少しだけ身震いするが、怯まずに足を進め、像の側まで来ると膝をつき、祈りを捧げる。
すると、静かだった水面がさざめき、僕を中心に波紋が広がる。
ドクンっと大きく跳ねた心臓の音を合図に、体に力が吸収させ始め、呼吸が上がり始めるが、姿勢を崩さず祈り続ける。
昔・・・初めてここへ来た時、痛みに泣き、泉の冷たさに泣き、この苦しみに泣いた。
出して欲しいと懇願しても、祈りが足りない、信仰が足りないと言われ、肩を掴まれ泉へ押し込まれた。
苦痛から気絶しても起こされ、寒さに震えながら、祈りの間はずっと監視された。
それが一日に何回も、数時間に渡り続いた。
僕の体はいくらでも神聖力が取り込めるのだと、信じていたからだ。
それだけ僕が持つ力は強かった。
次第に僕は抵抗を止め、ただただ従うしかなかった。
前王と大神官の指示に逆らえる術もなかったからだ。
そんな記憶が蘇る中、僕は辛かった感情を無理やり押し込め、ひたすらに祈った。
もう無理矢理ではない、これは僕の意志、あの子と民を救う為、アルベルトやライアの元に戻る為、陛下の民を思う気持ちの為、僕が選び、僕の意思でしてる事・・・だから、辛く無い・・・そう自分に言い聞かせ、祈り続けた。
「・・・子様、神子様っ!」
不意に呼ばれ、後ろを振り向くと、泉の淵で心配そうに僕を見つめる神官が立っていた。
「一時間が経ちました。これ以上は病み上がりの体に障ります」
そう言われ、僕は組み重ねていた自分の手を見つめる。ゆっくりと手を解くと、強く握りしめていたのか指の跡がくっきりと残っていた。
だが、疲労はあるものの体に力が戻ってきた感覚がある事に、僕は女神に感謝を伝えるとゆっくりと立ち上がる。
そして、泉から上がろうとした瞬間、体がよろめき倒れそうになるが、神官がすかさず手を差し伸べ支えてくれた。
「神子様、ご立派でした」
神官は目を潤ませ僕にそう伝えると、持ってきた布を僕に手渡す。
初めてこの泉で褒められた事に、僕も思わず涙を浮かべるがグッと堪え、急いで布で体を拭き、着替えを済ます。
部屋を出れば、すぐさま駆け寄り抱きしめるアルベルトに、僕は大丈夫だよと声をかけ、その後ろで眉を顰め見つめているユリートへも微笑んだ。
「アル、僕を応援してくれる?」
「・・・行くなと言っても無理なのだろう?」
「ごめんね、もう少しだけ待っててくれる?」
「早く戻ってきてくれ・・・」
「うん・・・頑張る。ライアをお願いね」
僕はアルベルトを励ますように、背中を優しく撫でる。そして、体を離した後、ユリートへと体を向ける。
「陛下、僕を信じてくれてありがとうございます。もう少しです。もう少しで陛下の民は救われます」
「圭・・・・」
悲しそうな表情のユリートの手を取り、にこりと微笑む。
「陛下の昔からの願いである民の笑顔、僕が取り戻してきます。だから、陛下はここで民の為にできる事をしてください」
「・・・・あの時言った言葉を覚えておったのか・・・圭、民をよろしく頼む」
力強い言葉を投げかけながらも、顔を歪めているユリートに僕ははいと答え、僕はまた介助者の手を取り、馬車へと向かった。
途中まで着いてきたはずのユリートや臣下達の姿はいつしか見えなくなり、馬車に辿り着く頃にはアルベルト1人になっていた。
僕はまたアルベルトを抱きしめる。
アルベルトもまた強く抱きしめ返した。
「アルベルト、愛しています。大好きだよ、アル」
「あぁ。私も愛している。圭、必ず無事で帰ってきてくれ。そうでないと私は約束を守れそうにない。圭と心通わせた今、圭のいない世界はあの時以上に耐えられないのだ。圭が意識を失っている間、側にも行けず、ただ祈りを捧げる事しかできなかった。それがとても辛かった。それ以上に圭がいなくなるかもしれない恐怖で押し潰さそうだった。頼む、私を愛しているなら、無事に帰ってきてくれないか?」
アルベルトの震えている声に、僕は手に力を込めて抱きしめる。
「言ったはずだよ。僕はアルと一緒に生きていきたいと・・・悲しませて、心配させてばかりでごめんね。でも、絶対帰ってくるから・・・アル、行ってきます」
「あぁ。行ってこい」
互いに励ますように言葉を交わした後、そっとキスを交わし、僕は馬車に乗り込んだ。
一日でも早く帰ると心に誓いながら、馬車の窓からアルベルトの姿が見えなくなるまで見送った。
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