第37話 日常
診療所へ戻ってから数日が過ぎた。
相変わらず訪れる患者はいるが、それでも人の出入りは少なくまばらだ。
それだけ感染が終息に向かっている証拠でもあった。
幸い一度感染すると免疫が付き、2度かかることはない。
だが、ここにはその病原菌を詳しく調べる機関もなければ、予防接種みたいなワクチンもない。
いつまたぶり返すかわからない状況にため息が出る。
「神子様、陛下がいらしています」
そう声をかけられ、僕は治療を終えたばかりの患者に言葉をかけてから席を立つ。
ユリートとは互いに近況の連絡を取り合っていたが、こうして訪ねてきたのは初めてだった。
それだけ、王が来ても安全になったという証なのかもしれない。
「陛下、お待たせしました」
診療所の外へ出ると、馬車の中で待機していたユリートの姿があった。
僕は丁寧に挨拶をすると、ゆっくりと降りてくるユリートへ視線を向ける。
「圭・・・また痩せたな」
悲しそうな表情を浮かべるユリートに、僕はニコリと微笑む。
「外見は少し変わりましたが、心が健やかなので問題はありません」
「そうか・・・よくやってくれた」
唇の端に小さな笑みを作り、僕の肩に手を置く。
「少し・・・話はできないだろうか?」
「ちょうど最後の患者を見終わったところです。中では話せませんので、散歩はいかがですか?ちょうど、この診療所の裏に散歩道があります」
「そうか・・・ならば、少し歩こう」
ユリートはそう言って僕の手を引き、歩き始めた。
「まだ、王城へは戻れないのか?」
「そうですね・・・もうそろそろ通いにしてもいいかもしれません」
「そうか・・・」
僕の返事に安堵のため息を溢し、小さく微笑む。
しばらく道なりを歩くと小さくひらけた草原に辿り着く。
ここは最近見つけた僕の癒しの場だった。
以前は見つける事ができなかったこの場所は、本来は宿泊する客の為の散歩道だったのだろう。湖などもない小さな草原には、ベンチが一つだけあり、大きな木々の根元には綺麗な野花がいくつも咲いている。
そのベンチに腰を下ろすと、風でさざめく葉の音を楽しむ事ができる。
休憩の時は決まって僕はここへ来る。
以前とは違っていても、やはり救えなかった命はある。
その事に今度は心が押し潰されないように、ここで絶えた命の為に祈りを捧げながら自分自身の心も癒していた。
「ここは静かでいいな」
「えぇ。僕も最近見つけたんです」
「・・・圭、君のおかげで民は日常を取り戻しつつある。とても感謝している」
「僕はできる事をやったまでです。僕がそれに集中できたのも、陛下の迅速な対応と配慮があったおかげです。それに・・・病で家族を失った者、孤児になった子供達を受け入れる施設や職を手配しているとも聞きました。民の日常は、笑顔は全て陛下のお心の元に生まれた物です」
そうユリートヘ言葉をかけながら微笑むと、ユリートはまた悲しそうに微笑みながら僕の手を取り、甲へキスをする。
「陛下・・・」
「圭・・・私は、君に取り返しのつかない傷を与えてしまった。王城で過ごした日々全てが圭にとって辛く悲しい物だと今更気付いたのだ」
「・・・・・」
「おかしいと思いながらも、圭がいう訓練から救ってやる事ができなかった。あれが、どれほど圭を苦しめていたのか、私は知りもしなかった。いや、知ろうとしなかったが正解かもしれない。何の慰めにも支えにもなってない言葉を圭に囁いていたかと思うと、自分が恨めしく思う。ただ圭が向けてくれる眼差しに、愛情や笑顔に自惚れていただけかもしれない。その下にある圭の悲しみも見ようとしないで・・・なのに、私は圭と最後に交わしたあの言葉で圭の心を引き裂いてしまった・・・本当に後悔のしようがない・・・すまなかった・・・」
苦しそうな表情を浮かべ、僕の手を見つめ続けるユリートに僕は言葉を返せずに、ただ見つめ続けていた。
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