第35話 聖なる泉

神殿の奥にある泉がある部屋には、表の大きな女神像とは違い、1メートル程しかない小さな女神像がある。

遥か昔、ここには泉などなく神官達が修行の為、一日籠もって祈りを捧げていた場所だった。

だが、いつしか女神の足元からどこからともなく水が湧き出てきて、それを神官達は聖なる水と呼ぶようになり、女神像を取り囲むように泉を作った。

それからは、この泉に入り穢れを落としながら女神に祈りを捧げるようになった。


「神子様、この先は神官以外立ち入り禁止です」

扉の前で立ち塞がる2人の神官達に、僕は退くように伝える。

「この先がどのような場所なのか、僕は知っています。時間がないのです。今この時も診療所で民や、王宮からきた医師達が苦しんでいるんです。それに、僕は泉まで1人で歩く事ができません。だからと言って神官様達に付き添いは頼めません。

この方には僕の最後の力で加護をかけました。だから、この先へ入れるはずです」

「しかし・・・」

「圭の指示に従うんだ」

躊躇う神官達に強い口調で声をかけたのは、距離をとって着いてきたユリートだった。その後ろにはアルベルトの姿もあった。

「王である私が許可するのだ。入れてやれ」

「ですが・・・」

「私の言葉が聞けぬのか?」

「そのような事は・・・」

「ならば、今すぐ部屋に入れるのだ!」

再度、強い口調で言い放つユリートの言葉に、神官達はおずおずと部屋の扉を開けた。

「圭・・・すまないが、頼む」

神官達への口調と打って変わって、弱々しい声で僕にそう告げるユリートに、僕はニコリと微笑んで頷いた。

「1時間・・・それだけあれば大丈夫です。ですので、時間になったら着替えを持って部屋に入ってきてください」

「一時間も・・・」

僕の言葉に動揺する神官達を尻目に、僕は介助者へと言葉をかける。

「少し・・・体がピリつくかもしれませんが、泉のそばまでお願いします。僕が泉に入った後は、部屋を出て外で皆さんと待っててください」

そう言い終えると、僕は行きましょうと伝え、支えられたまま扉の奥へと足を踏み入れた。


圭の着替えを取りに行く為に、神官の1人が神殿を出ていくと、残った1人が心配そうな表情でユリートへ声をかける。

「陛下・・・神子様は本当に大丈夫でしょうか?」

「どう言う意味だ?」

ユリートは眉を顰めながら神官へ聞き返すと、神官はモゴモゴと口を吃らせる。

「・・・・神官様、あの中はどうなっているのですか?」

アルベルトもまた、眉を顰めながら尋ねる。

すると、意を決したように神官は重い口を開く。

「この部屋は、とても神聖な空気に包まれています。ですので、高貴な力を持った神官であればあるほど、力の弱った時にここへ入るとピリピリとした痛みを感じます。神子様のように力を使い切った方ですと、かなり痛みを感じるでしょう」

「何だと!?」

アルベルトの怒りの声に、神官は一瞬体をビクつかせるが、更に口を開く。

「それに、泉は聖水なので温度も真水のような冷たさです。そして、泉に浸かれば魔力を・・・神聖力を一気に体内へ取り込む為、普通の神官でも耐えて10分ほどです。一気に力を取り込む事はそれだけ体に負担をかけますので・・・それを一時間となると、かなり苦しい思いをされるのかと・・・」

神官はそう言い終えると、心配そうに扉へと視線を向けた。

「・・・アルベルト、お前の報告では圭は一日何回も、それも数時間ここへ閉じ込められていたと言っていたな」

「・・・・はい」

「くそっ・・・」

ユリートとアルベルトは、互いに辛そうな表情を浮かべ俯く。

圭がいう「訓練」が、想像以上に過酷なものだった事に、今更気付いたのだ。

過去での圭は、修行という名の元、痛みに耐えながら冷たい泉に浸かり、泉に浸かることで更に苦痛を味わい、その後に治療に駆り出され、また泉に浸かる・・・そんな毎日を繰り返していたのだ。

おかしいと思いながらも、手助けができなかった自分自身を2人は責め立てていた。

アルベルトは、側にいながらも扉から青ざめた表情で出てきた圭の姿を、1人隠れ泣いていた圭の姿を思い出し、ユリートは自分の罪悪感を拭う為に通い始め、支えにもならない言葉を囁き、それを嬉しそうにありがとうと言っていた圭の姿を思い出していた。

そして、互いにやるせない気持ちのまま、圭が出てくるのを言葉を発する事なく静かに扉を見つめ待ち続けた。

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