第34話 救いたい
ひんやりとした物がおでこに乗せられた感覚に、僕は目を開ける。
「神子様っ!目を覚まされましたか!?」
その声につられ、声のする方へ顔を向けると、口元を布で覆った見覚えのある医師の姿があった。
「僕・・・・」
「無理に声を出してはいけません。神子様は高熱が出て三日も意識がなかったのです」
「三日・・・患者は・・・?」
「まだ数名いますが、最初に指示があった通り、重症者を優先に治癒魔法をかけ、その他の者には解熱剤と水分をこまめに与えております。それから、教えていただいた水分は指示通り高熱でひどく汗をかいている者に与えています。おかげでだいぶ患者が減りました」
その言葉に僕は安堵のため息を吐く。
教えた水分・・・それは、昔、授業で習った熱中症への緊急処置法だった。
以前の僕は目の前の事に必死過ぎて、それすら思い出せなかった。
発熱の際、脱水症状を引き起こさない為に小まめな水分補給は必要だが、大量に汗をかき、意識が朦朧としている時にはそれもままならない。
熱中症の時、すぐにでも水分を補給するために経口補給水を口にするのが応急処置になるが、塩を少量、砂糖を少し多めに混ぜて溶かし、それを薄めた物を飲ませるのも応急になると教わった。
村で治療をすると決まった時、体に吸収しやすい水分・・・それを思い出したのだ。
治療を始める前に、全員に指示した事が忠実に行われている事に安堵する。
以前は、本当に地獄絵図だった。
足りない医者、介護する者、薬、全てが不足していた。
そんな中の治療は手当する者達の心を確実に蝕んでいった。
それぞれが必死過ぎて、互いに助け合う事もできず、逃げ出す者もいた。
その現状がどんどん状況を悪化させ、結果、多くの命が救えなかった。
「僕は・・・一度・・・王宮の神殿に・・・戻ります」
掠れる声を絞り出し、体を必死に起すと、それを医者が止めようと手を差し出す。
「神子様、今すぐは無理です」
「まだ・・・重症患者が・・・いるんですよね?なら・・・僕は・・・神殿で・・・体を回復させて・・・またここへ戻ります・・・」
「しかし・・・」
「お願いです・・・僕を・・・神殿まで・・・連れてってください。1人でも多く・・・救いたいんです・・・」
必死に懇願する僕を、医者は躊躇いながらも小さく頷き、僕の体を支え起こす。
部屋を出ると、馬車を用意しろと医者が叫び、側にいた人が慌ただしく外へ出ていく。
体を支えられて出口に向かう途中、服を引っ張られる感覚がして振り返ると、顔の赤い女の子が弱々しい力で服の裾を捕まえていた。
「お母さんを助けてください」
目に涙を浮かべ、そう懇願する女の子の姿が、何故か以前、追放された時に二次門で僕に見捨てるのかと言った女の子を思い出させた。
僕は身を屈め、女の子の頭を撫でると、声を必死に絞り出す。
「大丈夫。必ず戻ってきて助けるから、お母さんの側で君もしっかり治療を受けて待ってて。すぐに回復して戻ってくる。僕を信じて」
微笑みながらそう答えると、女の子は何度も頷き、待ってると小さく返事をした。
僕はありがとうと呟き、立ち上がると待っている馬車へと足を動かした。
王城へ着くと、先に知らせが入っていたのかアルベルトとユリート、その後ろに数人の臣下達が入り口に立っていた。すぐに駆け寄ろうとした2人を僕は静止させる。
「僕に近寄らないで。熱は下がったけど、感染しないとは限らない。このまま、この方と神殿へ向かいます」
「圭、神殿の泉に入る気なのか!?」
怒っているような声でアルベルトが声をかけてくるが、僕は微笑みながら頷く。
「僕を待っている人がいるんだ。アル、僕は大丈夫だよ」
「だがっ・・・」
「アル、僕を信じて。必ずアルとライアの元に戻るから、もう少し待ってて。陛下も・・・僕を信じて待ってて下さい」
僕はそう2人に言うと、急ごうと支えてくれる介助者に声をかける。
ふらふらとする足取りで、それでも待っててくれる人達の為に、少しでも早くアルベルト達の元へ帰れるように、足を前へ前へと進める。
二度と近寄りたくなかったあの泉へ、僕は迷う事なく歩いて行った。
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