第32話 懐かしい面影

「陛下っ!」

荒々しくドアを開けるアルベルトと、後ろにライアと咲が涙を浮かべて部屋に入って来る。

眉を顰め執務室の席に座るユリートは、アルベルトの顔を見るなり深いため息を吐いた。

「もう伝わったのか・・・」

その言葉にアルベルトはヅカヅカとユリートに詰め寄る。

「圭が感染したと言うのは本当なのですか!?」

「・・・そうだ。今は意識不明だそうだ」

「なっ!ならば、何故、咲殿を派遣しないのですか!?」

「そうです!陛下!微力ではありますが、私が手助けになるかもしれません!」

アルベルトの言葉に、咲もユリートへ詰め寄るが、ユリートはまたため息を吐いて首を振る。

「それは出来ない」

「何故っ!?」

「圭が・・・圭が意識を失う前に言付けたんだ。咲は自分みたいに訓練されていないから、まだここに来るには早すぎると・・・咲の感染を防ぐ為にもここへ来させてはいけないとな・・・自分の力で頑張ってみるから、誰も来るなと言っていたそうだ」

ユリートは小さくため息を吐きながら、圭らしいなと呟いた。

「それと現に疲れも重なってか、治療をしていた医者や、助手達も数人感染しているのが確認されている。幸い軽症で済んでいるが、やっと現状が落ち着いている今、これ以上感染を広めるわけにはいかない。既に王都でも患者が出ている」

「ですが・・・」

何も出来ない悔しさに、アルベルトは拳を固く握りしめる。

その手をライアがそっと手を重ねて、アルベルトを見上げた。

「大丈夫だよ。きっと圭は元気になる。だって、今まで約束を破ったことはないもん。僕と約束したんだ。頑張って一日でも早く帰ってくるって、帰ってきたらミルクティーを作ってくれるって約束したから、圭は帰ってくる」

ポロポロと涙を溢しながら力強く言葉にするライアに、誰もが小さく頷く。

アルベルトは腰を屈め、ライアの涙を拭いながら微笑むと言葉をかける。

「圭を信じよう。そして、神に祈りを捧げよう。きっと届くはずだ」

アルベルトの言葉にライアは頷き、咲も一緒に行くと声を上げ、ユリートに一礼すると部屋を静かに出て行った。

ユリートは、三人の後ろ姿を見つめながら、またため息を吐いた。

普通は神の元で職につくものは、その身を「修行の身」と言うが、圭は「訓練」といった。その言葉がユリートの胸を締め付けていた。

何故なら、圭のここでの暮らしがまさに訓練の日々だったからだ。


——5年前

「アルベルト、この報告は間違っているのではないか?」

「・・・いえ。これが神子様の置かれている現状です」

執務室でアルベルトからの報告書を見ながら、ユリートはその紙に書かれた内容に頭を抱えていた。

圭が来て一週間が経った頃、毎日部屋で泣いていた圭を神官達が修行に連れ出しているという話を聞き、日に日にやつれていく圭を不憫に思い、アルベルトを警護と称して側に置いた。

そして、圭の様子を報告させていたが、これほどまでに過酷だとは思わなかった。

「神子様は毎日早朝5時に起こされ、神殿へ行き、祈りを数時間に渡り捧げられています。その際に、祈りの作法などを厳しく躾けされていました。それから、力を使う練習だと言い、朝食後、数人の怪我人の治療をしています。軽傷から重症者まで治療した後、今度は力を回復させるためと神殿の奥にある泉で体を清めているそうです。

そこで、何が行われているのか確認はできませんでしたが、毎回青ざめた顔で戻って来られます。その後も治療に祈りにと一日を忙しくしております」

次々に出てくるアルベルトの報告に、ユリートは眉を深く寄せ、ため息しか出てこなくなっていた。

「・・・殿下、神子様は休む間もなく働かされています。いくら修行とはいえ、騎士ですら訓練の合間に休憩があるというのに、これでは修行というより・・・」

アルベルトの言葉に、ユリートは手をかざし言葉を止める。

「わかっている。だが、神殿の事に王以外が口を出せないのが現状だ」

「・・・・では、殿下が時間を作ってはいかがでしょうか?」

「なるほど・・・私が会いに行けば、王族の謁見として神官達も口を出せないな。ならば、なるべく時間を作って顔を出そう。それが少しでもあの者の労いとなるのであれば、申し訳なく思う私の気持ちも少しは晴れるだろう」

ユリートは笑みを溢しながら、アルベルトの提案に賛同して、すぐに日程調節を始めた。


空いた時間に会いに行っていたその日課が、毎朝となり、数時間になり、夜も通うようになるとは思いもしなかった。

通うにつれ、警戒心が溶けて心を開いた圭の姿は本当に可愛らしかった。

横暴な神官達の修行も健気に耐え、それでいて民を分け隔てなく慈しんでくれる、そんな圭が誇らしくもあった。

時には涙を見せ、それでも微笑んでくれる圭が愛おしかった。

そばに置きたいとあんなに強く願ったのは初めてだった。

懐かしい圭の笑顔を思い出し、ユリートは窓の外の月を見つめた。

そして、離れた場所で苦しんでいるであろう想い人の回復を願い、そっと目を閉じた。

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