第31話 2人の心

平民街へ来て一週間が経とうとしていた。

落ち着いたと思っても、軽症者の急変とかでここへは絶えず患者が来る。

ほとんど寝れていない状態に、他の医者から数時間寝るように促され、僕はおぼつかない足取りで、そう遠くない部屋へと戻る。

いつ呼ばれてもいいように、診療所の一階の奥が僕に与えれた部屋だ。

なのに、今は遠く感じるのは、やはり疲れが溜まっているせいだろう。

睡眠を取る前に、僕は窓辺に肘を置き、いつものように祈りを捧げる。

そして、祈りが終わり目を開けた時、暗闇の中、窓辺に何かがかかっているものを見つけた。

カタンと音をたて窓を開けると、小さな包みがぶら下がっていた。

それを手に取ると、包みの紐に一輪の花が添えてあるのを見て僕はふふッと笑みを溢した。

僕が好きだと言った花だったからだ。

包みを開けると、拙い文字で綴れたライアの手紙と咲からの手紙が入っていた。

僕はベットに腰を下ろし、その手紙を読み始める。

笑みが溢れてしまう2人からの手紙を読み終えると、添えてあった一輪の花の匂いを嗅ぐ。

アルベルトから手紙はなかったが、この花が全てを語っている気がした。

「僕も愛しているよ」

ポツリとそう呟き、返せない手紙の代わりに、窓のそばにテーブルを寄せ、外から見えるように花を飾った。


翌日、王城から差し入れだと小さな包みを受け取る。

何も書かれていない包みには、小さな飴が入った小瓶が入っていた。

それを見て、僕はまたふふッと笑う。

それは昔、僕が好きだと言った飴で、よくユリートが持って来てくれた飴だった。

2人とも似てるなと思いながら微笑んでみるも、少し複雑な気持ちにもなった。

アルベルトと同じように、言葉はなくてもこの飴が何を意味するのかわかるからだ。

ただ心配して労っているだけではない、ユリートの僕を想う気持ちだ。

僕はそっと小瓶の蓋を開け、飴を一つ取り出すと口へと放り込んだ。

懐かしい味が、懐かしい思い出を引き出させる。

確かに恋をしていた僕と、同じ想いで僕を見つめていたユリート・・・。

ただの辛い思い出でしかなかった出来事が、ほんの少し苦味を残しながら淡い思い出と変わっていく。

それでも、以前のような恋心は湧いてこない。

それだけ、僕の中では未練も残らないほど終わってしまった恋なのだ。

今はただただアルベルトだけを見つめ、想っていたい。

だからこそ、一度、ユリートと向き合わなければいけないのかもしれない。

そんな思いを過らせながら、僕はカリッと飴を噛み砕いた。


それから更に二週間が経った。

この頃には患者数は減り、重症化する患者も減った。

救えなかった命はやはりあるものの、以前のような惨劇を防げた事に僕は安堵していた。

そして、そろそろ王城へ戻り、平民街へは通いになる事が決まり、荷物をまとめていると、急な目眩に立っていられなくなりその場に倒れ込む。

早い鼓動で段々と息がしづらくなる。額に手を当てれば、寝不足で熱っているだけだと思っていた体の熱が異常だと感じられるくらい熱かった。

この症状には覚えがある。

「だ、誰か・・・」

上がる息を必死に耐えながら、声にならない声で助けを呼ぶ。

その声を聞き取ってか、足音が聞こえるが意識が朦朧とし始め、視界が歪む。

周りを数人が囲み、僕をベットへと運ぶ。

バタバタと聞こえる足音に僕は確信する。

感染したのだと・・・・。

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