第30話 忙しい日々
翌日から僕はライアと咲を連れて王城内の診療所へ向かった。
午前中はずっと僕のそばで治療する方法を見ていた咲も、午後には小さな怪我の治療から始めてみたいと見様見真似で治療を始めた。
力を出す事に少し時間はかかったが、初めて手の平から光が出た時は歓喜の声をあげていた。
僕が頑張ったねと頭を撫でると、少し照れたように咲は笑った。
その笑顔を見て僕は安堵する。
それから僕はライアに色々な器具を見せて説明した。
僕が不在の時、咲をサポートできるように助手を頼んだからだ。
自分に仕事がある事にライアは喜んで、真剣な眼差しで僕の説明を聞く。
それを見て、僕はまた安堵した。
三日たった頃には、王都には流行病の患者が押し寄せてきていた。
たった三日しか咲に教えられなかった事に申し訳なさがあったが、焦らずに少しずつ治療すればいいと咲を励まし、ライアをお願いねと言葉を足した後、僕は患者の流れが落ち着くまで平民街へと住まいを移した。
緊急の診療所へ着くと、昔の思い出がフラッシュバックして足がすくむが、一緒に来ていたアルベルトが僕を引き寄せ抱きしめる。
「決して無理はするな。ちゃんと体を休めて、無事に帰ってくるんだ。大丈夫。きっと前みたいな惨事は繰り返さないはずだ。今は王もこの診療所の体制も違う。だから、圭は自分のできる範囲で努力すればいい」
優しく囁くように耳元に響くその声と、温もりに僕の強張った心が解けていく。
大丈夫だと伝える代わりに、アルベルトの背中を優しくさする。
「アル、愛してるよ。ライアと咲をお願いね」
「あぁ。任せろ。圭・・私も愛している。忘れるな。圭の帰りを待っている人がいる事を・・・」
「うん・・・待っててね」
互いに小さな声で囁き合っているが、心の奥深くに言葉が届く。
ほんの少しの時間でも、僕の心を満たしていた。
しばらくは王城へ帰れない。
でも、アルベルトが言った僕を待っている人がいるという言葉が、不思議と寂しさを打ち消していた。
それからは目まぐるしい程忙しかった。
それでも、ほんの少しでも休憩が取れる事がありがたかった。
それも、記憶を取り戻したユリートのおかげだった。
以前は治療する場はこの3階建ての宿屋だけだった。
軽症者を3階に、重症者を2階に、一階には運ばれてきた人達が所狭しと座り込んでいた。
建物の横には、宿泊者を狙って営業していた酒屋と、民家が数軒ある。
以前は、感染を恐れた酒屋の主はそそくさと逃げ、恐れているものの逃げる先もお金もない民家の人達は居座り続けるしかなかった。
結局、その民も感染して命を落としてしまった・・・。
だが、今回は先に民を避難させ、酒屋まで買い取った。
酒屋の2階にも宿がある。
早急に一階を改装し、そこも診療所として利用した。
そこには軽傷の患者を受け入れ、王宮の医師達が平民の医師と一緒に治療をしていた。これも以前とは違う風景だった。
前王は本当に平民嫌いだったから、王宮の医者は派遣する事はなかった。
万が一、感染してそれが王族や貴族街に蔓延する事を懸念していたからだ。
他の臣下やユリートが進言して患者を受け入れる事は許したが、目を向けることはしなかった。そのくらい前王にとって平民の命は軽いものだった。
そのせいで僕の負担は大きくなり、平民街の医者とでの治療は困難でしかなかった。
多くの命がたった数日で失われた惨劇だった・・・。
あの村で力を使う感覚は取り戻せたけど、日が経つにつれて疲労感は押し寄せていた。それでも、手を止めず、絶えず運ばれる患者を治療する日々が続いた。
時折、休憩を挟んではいたが、その時間は祈りの時間へと変えた。
以前、神官から祈りを捧げる事で加護力が保たれると教わったからだ。
王城へ戻ってからもずっと祈りを欠かさずにしていた。
でも、昔も今もいたはずの存在が足りない・・・。
それがほんの少しだけ僕を心弱くさせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます