第15話 少しずつゆっくりと
「圭!手伝ってっ!」
ライアの明るい声が辺りに響く。僕は慌てて水辺にいるライアの元に駆け寄ると、一緒に竿を掴み引っ張る。
夏の強い日差しが弱まって来た頃、ここに来た当初、アルベルトが言っていた釣りをしに三人で水辺に来た。
朝からライアと軽食を作り、アルベルトは前日まで作っていた手作りの竿を何度もチェックして、楽しみだねと言いながら水辺まで来た。
最初の一時間は何も釣れず、ダメなのかな?と諦めていた時、ライアの竿に反応があった。
「ライア、これ、きっと大きいよ」
「うん。圭、がんばれっ」
2人で励ましながら竿を引っ張っていると、ズルズルと体を引っ張られ湖に落ちそうになる。
そんな2人を慌ててアルベルトが掴む。
支えられていることに安心した僕達は力強く竿を上げると、大きめの魚が水面から飛び出し、元気良く跳ねた。
それを見て、僕とライアは喜んだ。アルベルトも僕達を見て微笑んだ。
いつの間にか三人で過ごす事にぎこちなさはなく、気付けば笑顔が溢れていた。
作ってきた軽食を食べ、釣った魚をあっと言う間に下処理を終え、三人で並んで家に帰る・・・そんな幸せな平穏な日々だった。
ふと手元を見ると、自然に手を繋ぎ合う僕とアルベルト・・・。
あれから僕達の距離はぐんと近くなった。
側に寄り添い、外へ出る時は手を繋ぐ・・・恋人らしい風景だ。
でも、アルベルトはそれ以上はしない。
キスですらしてこない。
それはきっと、僕の気持ちがきちんと固まるまで待ってくれているのだとわかってはいる。
時折、刹那そうな表情を見せるアルベルトを見ていると、僕が我慢させているのではないかと罪悪感を感じてしまうが、それを察したアルベルトは大丈夫だと優しく微笑み髪を撫でてくれる・・・最初はその言葉に安心していたが、一緒に暮らし始めてもう半年・・・そして、僕から告白した日から3ヶ月以上は経っている。
毎日愛してると囁いてはくれるものの、一緒に寝ている間も僕を抱きしめる以外、触れて来ないアルベルトに少しだけ不安を感じていた。
アルベルトは愛してると言ってくれているが、それは僕が神子で仕える神的な存在だから、それ以上の事はできないと思っているのかもしれないという不安。
それも一つの愛だけど、僕は神でもなんでもない。
昔と違って祈りはするものの、人に癒しを与えられていない僕は神子ですらない。
僕は人間で、好きな人に触れられたい、触れたいと願う1人の男だ。
でも、僕から誘う勇気もない。
少しずつゆっくりと育んできた僕の中の心は、確実にアルベルト求めている。
でも、アルベルトは違うのかもしれない・・・そんな不安が心の片隅に残る。
少しずつ寒さが舞い降りてきた頃、アルベルトは多めに狩りをしてくると家を出た。
そして、その足で街へ売りに行ってくると言っていた。
家での分は、まだ狩りを終えるには早いのでいつでも行けるのだが、本格的に寒さが来る前に色々と買い揃えたかったからだ。
当然そうなると、荷物が多くなるので僕達は留守番だ。
ライアが来てから、勝手に連れ出したのもあり、僕とライアは街に行くのを極力避けていたが、今は染料で髪を染め、普通に仲の良い家族として街へ出かける事も増えた。
それでも極力避けるのは、僕の為を思っての事だ。
それをわかっているから、僕も何も言わずアルベルトを見送る。
ライアも何かを察しているのか、本当は着いて行きたいだろうが何も言わず、留守の間は自分が僕を守ってあげると言って、そばにいてくれる。
それがとても心強くてありがたかった。
そして夜もだいぶ更けた頃、なかなか帰ってこないアルベルトを心配しながら待っていると、アルベルトが荷物を抱え、家に入ってきた。
僕は安堵しながら慌てて駆け寄り、おかえりと声をかけるが、ただいまと返したアルベルトの表情はとても険しいものだった。
その表情に、僕は言いようのない不安が溢れ出ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます