第11話 街並み

僕がこの世界に降り立ったのは、もうすぐ夏を迎えようとしていた頃だった。

アルベルトとここへ来て、本格的な夏が訪れ、毎日汗ばむ日々が増えた。

この世界にも季節というものがあり、日本みたいに四季では無いものの、夏と冬は訪れる。

それでも日本の真夏ほどの暑さはなく、ほんの少し汗ばむ程度の暑さだった。

昔はそんな気温の変化も気付かなかった。

それくらい多忙な日々を送っていたからだ。


「圭様、今日は少し遠出をしませんか?」

朝食をしながら、アルベルトが唐突に言葉を発した。どこに行くのかと尋ねると、微笑みながら答える。

「以前泊まった宿がある街です。育った薬草と、この前大量に燻製にした肉を売りに行きましょう」

「そんなに薬草生えたっけ?」

「畑にはさほどありませんが、狩に行った時に薬草が沢山生えている場所を見つけました。私はそこへ薬草を摘みに行ってきますので、圭様は畑の薬草を積んでもらえますか?」

「わかった・・・」

そう返しながら、僕は心配そうにアルベルトを見つめる。

「そう遠くはないので、すぐに戻ってきます」

そう言いながら、アルベルトは僕の頭を撫でた。

先日、大量に狩りをしてきたアルベルトはいつもより帰宅がだいぶ遅かった。

その事で僕は不安になり、帰ってきた瞬間、アルベルトの前で泣いてしまった。

どこかで怪我をして、それで帰って来れないのでは無いかと心配になったからだ。

そして、また1人になるのでは無いかという不安に襲われた。

アルベルトはあの日以来、遅く帰ってくる事はなくなった。

言葉が足りなかったと謝罪してくれたアルベルトは、少し遠くまで行く時は、必ず事前に僕に伝えると約束もしてくれた。

そして、僕を安心させるかのようにこうして僕を撫でてくれる。

その事が嬉しかった。


昼近くに帰宅したアルベルトと街へ行く準備をしていると、アルベルトから心に留めて欲しいと話を切り出される。

「街で髪を染める染料を買うまでは、フードを深く被ってください。魔法で外見を変える事はできるのですが、魔法を使える者にはすぐにバレてしまいます。危険要素を避けるには、街で染料を買い、街に行く前に染めるのが得策です。

それから、前に話した結界の範囲以外では決して力を使っては行けません。

圭様の力は特別な力です。結界の外で力を使えば、神殿にその力を感知される可能性があります」

アルベルトの言葉に僕は身震いをする。

それを感じ取ったアルベルトが、僕を優しく包む。

「もちろん、どんな時も私があなたを守ります。ですが、危険要素は全て排除しましょう。街では私の側から離れないでください」

その言葉に僕は安堵しながら頷く。そして、それならばと僕も口を開く。

「アルベルト、街で僕を圭様と呼ぶのはダメだ。それから敬語も・・・ずっと気になっていたんだ。こんな田舎町で僕を圭様と呼んだり、僕に敬語を使うのは不自然では無いかと・・・。だから、僕に敬語を使わないでほしい。外でも家でも・・僕は君とは対等でいたい。アルベルトはもう、僕の警護騎士ではないのだから・・・圭と呼んで欲しい」

僕の言葉に戸惑いながらも、アルベルトはゆっくりと口を開いた。

「わかった。圭・・・そろそろ行こう」

少し照れたように言葉を発するアルベルトがおかしくて、僕はふふっと笑った。


馬を街の馬停に繋ぐと、僕はフードを深く被り直した。

以前来た時は夜だったし、出発も人気のない早朝だったから、こんなに賑わっている街並みを見るのは初めてだった。

思い返せば、王都でも平民街へ行くことが許されても移動中の場所の中ではカーテンが閉められ、ゆっくりと街並みを堪能する事はなかった。

護送されている時はカーテンのない馬車だったが、皆からの冷たい視線に僕は耐えれず俯いたままだった。

初めてに近い風景と人の多さに、自然と体が固まる。

すると、ふと手に暖かさを感じて視線を落とすと、僕の手にアルベルトの手が添えられていた。

「圭・・・はぐれるといけないので、こうしていきま・・・行こう」

敬語が抜けない言葉に、僕はまた安堵してふふッと笑った。

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