第9話 見捨てた者
その日は簡単に食事を済ませ、風呂に入り、早々と床に着く。
静かな部屋のベットの上から、ぼんやりと窓の外から見える月を見つめていた。
そして、アルベルトの話を思い出す。
不思議とどの言葉も自分の心の中にストンと落ちてきて、救われた気がした。
「圭様!圭様っ!」
アルベルトの声で目が覚める。
心配そうに僕を見下ろすアルベルトと目が合うと、僕は自分が全身汗をかき、泣いているのに気付く。
「どこか具合が悪いのですか?」
その言葉に、僕は首を振り、涙を拭う。そして、ゆっくりと起き上がった。
「夢を・・・昔の夢を見た・・・」
「夢・・・?」
僕は膝を抱えるように座り、ポスンと顔を伏せる。
しばらく沈黙が続いた後、僕はぎゅっと胸元の服を握りながら口を開いた。
「ライアは・・・あの子は母親が病気で、それを心配して神殿に祈りに来ていた。とても熱心に・・・そんなライアが、何故かとても気になった僕は、ライアの小さな手で隠れるくらいの小さなお守り袋を作ってプレゼントした。
ライアはそのお守りを母親の枕元に置き、毎日祈りを捧げたら、不思議と回復の兆しを見せたらしい。その話を聞いて、僕は定期的に祈りを込めるからお守りを持ってきてとお願いしたんだ。それからライアは、僕が来る日は忘れずにお守り袋を持ってきた。それで仲良くなったんだ。
僕がこの世界に来て、初めてできた小さな友人だった・・・」
唐突に話し始めた僕を、アルベルトは何も言わずに隣で静かに話を聞き、そっと背中をさすってくれた。
「あの日・・・・二次門を出る時、ライアは泣きながら見送りに来てくれた。付きの護衛に少しでいいから話をさせてくれと頼んで、僕は馬車を降りた。
それがいけなかったのかもしれない・・・突然、石を投げられて罵倒された。
その言葉が、平民街への僕の噂がどんな物か知れるくらいの言葉だった。
僕は必死にライアを庇った。僕を慕って泣いてくれる友人に怪我をさせたくなかった・・・・その内、腕の中にいたライアは大人の人に連れて行かれて、その数人の中にいた女の子が僕に言ったんだ。(私達を見捨てるのか)と・・・・」
自分が吐き出した言葉に、胸が苦しくなり、胸元を掴んだ拳に力が入り、体をさらに縮こませる。
「その言葉が、ずっと頭に残った。だってその通りだから・・・僕の話を聞いてくれない王様達、僕を信じてくれなくて簡単に見捨てた王子・・・僕は全てに絶望して全てを諦めた。ここを離れられるなら、その方が僕にとって幸せなのかもしれないと・・・でも、あの言葉で、僕が諦めた物の中に何の罪もない、僕に救いを求めて慕ってくれた平民街の人達がいたのを思い出したんだ。
幽閉先の神殿でも僕は穢れた神子扱いで、幽閉されながらも早朝には体を水で清め、一日数回祈りをさせられた。だから僕は置いてきた平民街の人達の為に祈り続けた。
僕の名前を泣き叫びながら呼んでいたライアの為に、あの女の子の為に、毎日何度も祈りを捧げた・・・・ねぇ、アルベルト・・・」
僕はゆっくりと顔を上げてアルベルトを見つめる。
悲しそうな、苦しそうな表情をしたアルベルトが僕を見つめ返し、小さく返事をした。
「僕は君に、僕を見捨てた裏切り者と言ったけど、本当の裏切り者は・・・見捨てた者は僕かもしれない」
「圭様・・・・」
「だって・・僕・・・」
溢れ出る涙を止める事ができず、声が震える・・・それでも、僕は言葉を紡ぐ。
「だって、僕は死ぬ瞬間・・・あの瞬間・・・ほっとしたんだ。やっと僕は救われる・・・解放されるんだって・・・・」
そう言い切った後、僕は堰を切ったように嗚咽を漏らし、泣き始めた。
アルベルトはそっと僕を抱きしめ、それでも腕に込められた力は強く、僕を抱きしめた。
「圭様、自分を責める必要はありません。圭様の心はすでに壊れていたのです。それでも、あなたは必死に生きて、民の為に祈りを捧げ続けた。悲しい形ではあるが、あの瞬間であなたの心はやっと休まる事ができたのです。それを誰かが責めるなんて、間違っています。あなたは裏切り者でも、見捨てた者でもない」
耳元でそう囁くアルベルトの声が、暖かかった。
その言葉が、本当は僕はこうして誰かに許して欲しかったんだと気付かせてくれる。
僕は長い間、アルベルトにしがみつきなき続けた。
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