第8話 心休まる場所

早朝に出発した僕達は、互いに沈黙のまま馬を走らせた。

アルベルトの胸に持たれながら、微かに聞こえる心音に耳を傾ける。

静かなリズムの中にも、ほんの少し早いのではないかと思う心音は、まるで僕を愛しんでいるかのように僕の心を穏やかにさせた。


見捨てた裏切り者と罵った男は、僕を愛し、僕を必死に求めた。

そして僕の亡骸を胸に抱き、その命を自ら絶った。

それは、神に使える聖騎士として、あってはならない行為だった。

神に仕える者は、神から与えたれたその身を神に捧げ、神の意思を汲み、命ある限り人を慈しみ、手を伸ばし寄り添う・・・その役目位を補う者が自ら命を断つ事は、神の意思を無視した行為で、冒涜だとされる。

誇り高き聖騎士の団長ならば、その意味を知っているはずなのに、僕なんかの為に命を絶った・・・それは忠誠心からくるものかもしれないが、最後まで僕を想ってくれた事がありがたかった反面、側にいて欲しかった悲しみを思うと素直に心許せなかった。


宿泊した町からだいぶ離れた田舎町に辿り着くと、ポツンポツンと立つ家並みを通り抜け、森の中へと入っていく。

そこにはだいぶ開けた場所があり、小さな小屋が立っていた。

「圭様、着きました。ここなら人知れず暮らしていけます」

そう言いながら、アルベルトは馬から降り、僕を降ろしてくれる。

小屋の側にある屋根がある場所に馬を移すと、僕のそばに寄り手を取り歩き出す。

簡易な腰丈の門を開くと、すぐに小屋には入らず、家の裏ての方へ回る。

「この先をもう少しだけ歩くと、小さな湖があります。そこから水を汲んで、ここに小さな畑を作りましょう。幸い森には獣もいますので、食料に事足りません。

予め結界も張ってあるので、猛獣が入ってくる事もありません。ここで、田畑を耕し、森で獣や薬草を取り、町に売りに行けば細々ではありますが生活していけます」

アルベルトは僕にそう説明しながら、今度は表の方へと歩いていく。

「少しばかり小さいのですが・・・」

申し訳なさそうに前置きをすると、ゆっくりと扉を開き、僕を中へと招く。

小さなキッチンに、4人掛けのテーブルと椅子・・・奥へと行くと部屋が二つあり、ベットと小さな棚が置かれていた。

その後、風呂場などを案内され、またリビングへと向かい、椅子に腰を下ろすよう促される。

僕が座ったのを見届けた後、アルベルトはそれぞれの場所に置かれた魔法具に手を翳し、灯りを灯していく。

この世界には魔法というものが存在する。

僕を召喚したのだから、それも当たり前の話だ。

聖騎士であったアルベルトは剣術にも魔法にも長けていた。呼吸をするように、大きな手から器用に魔法を繰り出す。

昔、ガゼボで隠れ泣いていた僕を励ますように、掌からキラキラと光る灯りを出して見せてくれた事がある。

いつも無表情で言葉少ない彼が、僕の為に見せてくれた魔法が、本当にとても綺麗で嬉しくて僕はすぐに笑顔になる事ができた。

その時に、初めて僕に忠誠を誓ってくれた・・・。


「圭様、これからここがあなたの心休める場所となるよう、尽力を尽くします。最初は何かと戸惑う事が多いかと思いますが、私がそばで不便のないよう心がけますので、何でも申し付けください」

椅子に腰掛けている僕のそばで、アルベルトは片膝を着き、僕の手を取るとまた甲にキスをして、そのまま自分の額に手を当てる。

僕はそれを見つめながら、心に思った事を口にした。

「アルベルト・・・僕は人を癒すことしか出来ない役立たずだ。もしかしたら、今世は昔ほど力はないのかもしれない。それでも、僕に寄り添ってくれるの?」

僕の言葉に眉を顰め、少し怒りが混ざった表情をしたアルベルトが顔を上げる。

そして、真っ直ぐに僕の目を捉えながら、握りしめた手に力を込める。

「圭様は役立たずではありません、あれほど民を想い、尽力を尽くす人は見た事がない。そして、絶えず努力を惜しまず、人を愛しめる人はそうそういない。私は、あなたの真心と優しさ、奥底にある力強さに惹かれたのです。何よりあのガゼボでのあなたの笑顔に強く心を奪われたのです。圭様にはあの時のように、いつも微笑んで欲しいのです。そんな日々が送れるように、私がそばで見守りたいのです。

圭様、忘れないでください。あなたは自分の人生を心から楽しみ、幸せに生きていく権利がある。そして、私はこの国より、他の誰よりもあなたを愛おしいと思っています」

真っ直ぐに向けられた視線は、僕の手の方へと向けられ、またそっと甲にキスを落とした。

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