第7話 愛
「僕は・・・愛なんて信じない」
長い沈黙が続いたまま、また馬に乗った時、僕はそうポツリと呟いた。
「わかっています・・・圭様に受け止めて欲しいとも、返して欲しいとも思ってはいません。でも、私はあなたを愛することをやめるつもりはありません。過去も、今この瞬間でさえもあなたを愛おしいと思っています」
アルベルトはそう言葉を返すと、馬を走らせた。
その間中、僕達は互いに沈黙したまま時が過ぎるのを待った。
過去の僕は、王城で説明を受けながらも、状況が全く把握できず、ずっと家に返して欲しいと泣きながら懇願していた。
数日部屋に閉じ籠り、誰とも会わなかった。
そんな僕を気に留めてくれたのは、第一王子だった。
王族には三人の息子がいた。
一番下はまだ幼く、19になる第一王子とその下に16の第二王子がいた。
2人の性格は真逆で、温厚な第一王子と違い、第二王子は暴君だった。
第一王子は、毎日僕の部屋を訪ねてくれて、言葉をかけてくれた。
政務に行く前の朝と、仕事終わりの晩に毎日欠かさず来てくれて、僕を労ってくれて、いつの間にか僕の支えとなっていた。
平民への治療を後押ししてくれたのも彼だった。
そして、アルベルトと引き合わせたのも彼だった。
いつしか彼から好意を向けられ、僕も絆され、互いに愛を囁き合った。
だが、アルベルトが不在の時に事件は起きた。
第二王子が深夜にも関わらず、僕の部屋に来て、無理やり僕を犯そうとした。
幸い未遂には終わったが、暴力を受けた跡があったにも関わらず、第二王子は僕が誘ってきたと王に告げた。
それを鵜呑みにした王は激怒し、僕を追い出した。
未遂だったのにも関わらず、第一王子からも穢れた者を愛せないと見放された。
そして、僕は幽閉された・・・・。
「圭様、今日はこの町の宿を借りましょう」
いつの間にか寝入ってしまった僕に、アルベルトは優しく声をかけ、馬から降ろす。
王都を出てから、もう二日は経っていた。
少し遠回りをしたせいか、思った以上に時間がかかっているようだった。
宿を見つけたアルベルトは、慣れた手付きで馬を側の馬舎に繋ぐと、僕の肩を抱き寄せ、宿の中へ入る。
田舎町なのもあり、すぐに空室へ案内される。
そこは2人部屋になっていて、小さなテーブルと椅子が二つ、ベットが二つ並んでいるだけの部屋だった。
「圭様、すぐに湯を張りますので、湯に浸かって疲れを取ってください。早朝に出発すれば、半日で目的の場所に着きます」
僕は黙ったまま、アルベルトの指示に従い、湯が溜まったのを見計らって風呂に入る。
久しぶりのお風呂に、僕は自然に安堵のため息を吐く。
初めて長距離を馬で移動した。
馬に乗ったのは、もうだいぶ過去の事・・・・第一王子に誘われ、乗馬した以来だ。
その事もあって、体が緊張していたのか、湯の中で筋肉がほぐれて行く感覚がした。
あの時は数時間乗っただけでも、体があちこち痛んだのに、疲れはあるもののそれが無いのは、アルベルトが僕を大事そうに包み込みながら、走ってくれたおかげだ。
その事に感謝しながらも、アルベルトが言った僕を愛していると言った言葉が思い出され、気が重くなる。
あんなに愛していると囁いてくれた王子だって、あっさりと僕を捨てた。
僕が信じた初めての愛は、ただの苦痛に変わったのだ。
人の気持ちは変わる・・・永遠なんてものはない。
きっとアルベルトも気持ちが変わるはずだ。その時、僕はまた見捨てられたと嘆くだろう。
その時の事を思えば・・・過去を思い出せば、僕は容易に気持ちを受け入れる事も、返してもいけない。
そう決意しながら、僕は風呂場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます