第6話 アルベルトの心
翌日から僕は運ばれてきた食事を必死に食べた。
あの絶望からきた熱は、思っていた以上に僕の体力を奪っていた事に気付いた。
夜中、トイレに行こうとした僕はアルベルトの手を借りないといけないくらい足がおぼつかなかったからだ。
食事を取った後は、壁つたいに部屋を歩き回り、少しでも体力を取り戻そうと必死だった。
アルベルトは心配そうに僕を見つめながらも決してそれを口には出さず、時折、部屋に来るルベルトと脱出に向けて話し合いを重ねていた。
そして、決行する夜、用意された馬一頭に僕を横向きに乗せると、顔が見えない様にフードを深く下ろし、僕の体が冷えないようにコートで包みながらアルベルトが馬にまたがる。
ルベルトに短い別れを告げると、平民街の裏手の方に馬を走らせた。
そして聖なる森とは違う森を抜け、平民が密かに利用しているという抜け道を使い、王都を出た。
次第に早くなる蹄の音を聞きながら、まだ予断を記さない状況に身を縮こませ、アルベルトの服をギュッと握りしめた。
どの位走ったのか、道を進まず林の中を走り続けたせいで、時間も方向感覚も分からずにいた。
激しく音を立てていた蹄の音も緩やかになり、小さな水辺のそばで止まった。
「圭様、ここで少し馬を休ませます」
そう言いながら、先に馬を降りたアルベルトは僕の手をとり、ゆっくりと僕をおろす。
そして、水辺で馬に水をやり、近くの木に手綱を括ると、馬のサイドに乗せた鞄から布を取り出し地面へと敷く。
僕は促されるまま、そこへ腰を下ろした。
そして、ずっと気に病んでいた事を尋ねる為に、そっと口を開いた。
「アルベルト・・・・君はあの神殿に来ていた男の子を覚えている?」
「・・・・はい」
「僕がいなくなった後、あの子がどうしているのか知ってるかな?」
そう尋ねながら、僕は昔の記憶に残る小さな男の子を思い出していた。
「あの子は・・・ライアは無事です。圭様が身を挺して守ったおかげで傷を負う事なく暮らしています」
その言葉を聞いて安堵しながらも、僕は違和感を覚えてもう一度尋ねる。
「どうして僕が庇ったことを知ってるの?」
「・・・・私は、あの事件があった翌日、王へ抗議しに行ったのですが、反逆だと言われ邸宅へ監禁の身になりました。本来なら牢獄へ入る所ですが、私が聖騎士団の団長で功績があったのと、侯爵家の次男だったのもあり、軽い刑罰で済みました。
そして、圭様が幽閉されると聞いて、隙を見て邸宅を抜け出し後を追い、門を出た後にタイミングを見計らって連れ出す予定が、あの二次門での騒ぎがあり、助けようと塀の影から出た時に、侯爵家で見張をしていた追手に捕まったのです。
それから、しばらくは牢獄で過ごし、刑罰期間を終えてすぐ会いにいったのですが、その時にはもう・・・・」
悔しそうに唇を噛み締め、言葉を詰まらせるアルベルトの話に僕は動揺が隠せなかった。
アルベルトは嘘を付くような人では無いのは知っている。
ならば、ずっと裏切られたと、見捨てられたと恨み言を言っていた僕は、なんて浅はかな人間だったのかと思い知らされる。
それでも、素直に謝罪の言葉が出ないのは、心の奥でまだ許せない気持ちがあったからかもしれない。
僕が言葉を詰まらせ俯いていると、アルベルトがまた口を開いた。
「圭様、私を許せない気持ちはわかります。当然の感情です。私はあなたとの誓いを守れなかったのだから・・・」
「・・・・・・」
「圭様にとってはこの回帰が、とても苦しいものだとわかっています。ですが、私にとっては神が与えた奇跡だと思っています。もう一度あなたを守るチャンスをくれた奇跡だと・・・・そして、私はもうこの機会を逃したくはない」
「何を・・・言ってるの?」
「圭様・・・・私は、あなたを心から愛しています」
「・・・え?」
突然の告白に僕は目を丸くして、アルベルトを見つめた。
アルベルトもまた、僕の目をまっすぐに捉え、言葉を紡いだ。
「出会った頃から惹かれている物はありました。ですが、それはただ神子という存在が、仕えている神と同じ存在だから、きっとその気持ちは敬愛からくるものなのだと思っていました。
でも、あなたが必死に悲しみや苦しみに耐え、努力している姿をそばで見ているうちに、これは敬愛などではないと気付きました。
それでも、気持ちを伝える事はせず、ただあなたの側に居れればと、自分の気持ちを押し込めて騎士としての務めを果たそうと思っていたのです。
なのに、そばにいれなかった数時間で圭様を苦しませる結果を生んでしまった。そして、目の前で冷たくなっていくあなたの姿を見た瞬間、胸が張り裂けるかのように苦しくなりました・・・圭様を守れなかった事を悔やみ、そばを離れた事を後悔し、何故もっと寄り添ってあげれなかったのかと嘆きました。そして、あなたのいない世界に絶望し、あなたの亡骸のそばで私は命を絶った・・・・もし、来世で会えれば必ず想いを伝え、今度こそあなたを守り、あなたと幸せに生きたいと願いながら・・・」
次々と発せられるアルベルトの言葉に、僕は胸元の服をギュッと握りしめる。
アルベルトの真剣な、刹なる想いと視線は僕を捉えて離さなかったからだ。
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