第3話 因果

微睡の中、ゆっくりと目を開く。

目の前には少し古びた茶色の屋根の梁が見える。

そして、ゆっくりと首を横に向けると、あの背の高い赤茶髪の男と、もう1人の男性が何かを話していた。

しばらくすると、相手側の男性が僕に気付き、声をかける。

「み・・・いや、圭様、目覚めましたか?」

その声にアルベルトも僕の方へ体を向け、慌てて側に駆け寄ってくる。

「圭様、どこか痛む所はありませんか?」

その声に応える気がせず、フイッとそっぽを向く。

それでもめげずにアルベルトは側のサイドテーブルに置いてあったコップに水を注ぐと、僕の体をゆっくりと持ち上げる。

「圭様、少しでいいので水を飲んでください」

そう言われてコップへ視線を移す。喉はカラカラだ。

震える手でコップを掴むと、中の水も揺れて口に運ぶ前に溢れてしまう。

それをアルベルトが手拭いで拭い、僕の手に自分の手を添えて一緒に口へと運ぶ。

一口、二口と口に入れると、喉の痛みから咽せてしまう。

「大丈夫ですか?」

アルベルトは背中を優しく摩りながら、口元を拭ってくれる。

それから、ゆっくりと僕をベットに横たわらせる。

僕は目を閉じ、口を開いた。

「これから僕は王城へ行くの?」

掠れた声で、何もかもを諦めたようにそう呟くと、アルベルトは眉を顰めながら首を振った。

「もうしばらく体を休めたあと、ここを離れようと思っています」

その返事に僕は目を見開き、声にならない言葉をかける。

「ど・・・こ・・・」

「ここから三日程かけた場所に小さな土地を買いました。そこへ移ります。ここは平民街にある酒屋です。そうそう貴族が来ることはないのですが、圭様がこの国に降り立った事はすでに王都へ伝わっています。なので、ここで長居は出来ません」

「ど・・・・て・・」

「圭様はそれを望んでおいでで、私もそれを願っていないからです」

「でも・・・・」

戸惑っている僕に、後ろから男が声をかける。

紺の長髪で後ろに髪を束ねている男の額には大きな傷があった。

「み、圭様、私は元聖騎士団のルベルトと申します。団長には昔、とても世話になりました。俺が怪我して騎士団を退団した時に、団長の手助けもあってこの店を経営しています。その恩もあって、ここは開店当初から団長の隠れ蓑となり、情報屋としても運営しています。今、王都周辺では捜索隊が出ています。

ですので、もう2日ほどはここで過ごしてください。出発の際は、俺が万全の準備をしてここから極秘で、且つ安全にお見送りさせていただきます」

そう言い終えるとルベルトは、胸に手を当て一礼をし、部屋を出て行った。

「圭様、あの男は信頼に値する男です。今は、どうか私を信じて体を休めていてください」

ベットの側で真剣な眼差しを向けるアルベルトに、僕は再会した当初からの疑問を打つける。

「アル・・・ベルト・・・、あなたも・・・戻ってきたのですか?」

「・・・・はい。恐らく・・・」

「・・・恐らく・・・?」

曖昧な返事に、僕はまた問いかける。

「・・・最初は気付かなかったのです。ですが、2週間前の夜、王城での勤務していた時に、何故か誘われるように庭園のガゼボへ足を踏み入れた瞬間、全てを思い出したのです。圭様と以前、ガゼボへ来ていた事、あの日の事も全てを・・・そして、自分が過去へ戻ってきた事も・・・」

アルベルトの話に僕は苦笑いしながらため息を吐く。

「何・・の・・因果なんだろう・・・僕は・・苦しむ為に・・・この世界に呼ばれたんだろうか・・・」

途切れ途切れの声に、アルベルトが首を振り、僕の手を強く握る。

「私がそうはさせません」

「嘘つき・・・助けにも・・・会いにも来てくれなかったくせに・・・」

僕はそう吐き捨てると、急に目頭が熱くなり、布団を頭の上まで被ると声を殺して泣いた。

アルベルトは小さな声ですまなかったと言葉を溢すと、席を立ち、ゆっくりと部屋を出ていった。

パタンとドアが閉まる音を聞いた後、僕は口に手を当て、声を漏らさないように耐えながら咽び泣いた。

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