叛逆

@ktsm

第1話

「物語なんざ、あなた『クッション』と一緒ですよ」


 私がどうしても逢いたかった作家はそう言ってコーヒーを啜った。


「枕にしてもいいし、憂さ晴らしに蹴っ飛ばしてもいい。手に取ったもんの自由です」


「我々は一つのクッションをつくるのにそりゃあ気を使いますが、それを客は知らなくていい」

 

 好きに使っていいんだ。


「作家の強がりと笑ってくだせぇ」


 それでも。


「私は、それで読んだやつがちっとでも楽になるなら書いた甲斐があったと思うんですよ」


 眠れば、幾ばくかは体力も回復しよう。

 蹴っ飛ばせば、もやもやがすっきりするかもしれない。


「はーやれやれって、現実にかえれるなら十分じゃないですか」


 たとえ、それきり見向きもされなくても。

 いっぺんでも手に取ってくれたら。


 そのために、これらはあるんだから。

 

「だからねぇ、ふふ」


 作家は笑う。

 ほろりと淡い砂糖菓子を口に含んだような声で囁く。


「大事にしてもらってるの見ると幸せになっちまうんだな」


 そう言って一通の手紙を大事に大事に懐にしまった。

 

 

 

 そうか、と思う。

 だからか、と思う。


 優しくて残酷なあなたの『世界/物語』


 あなたにとって大切なのはきっと『この世界』で生きる人たちで、あなたのつくった『あの世界/物語』は初めからこの世界で生きる彼らのための贄でしかなかった。


ーーなぜ、彼は悪役だったのでしょう。彼でなければならない理由はなんですか?


 作家はきょとんと幼ない顔を見せた。


ーーなんでって、流行ってるみたいだから?


 誰でも流行の図案は押さえるでしょう。


ーー⋯⋯ そう、ですか。


 ならば、ある日突然『悪役』された男の悲鳴など彼らには聞こえもしなかったろう。

 悲劇の中で生きていくことを強いられた女の憤怒も届かなかったはずだ。


 それでいいと何よりも目の前の作家が受け入れているのだから。

 この世界の人たちにとって、私の在る『あの世界』は、クッション程度の取るに足らない物なのだ。枕にされて蹴っ飛ばされて、穴が空いて綿が飛び出したって。


 内に在る私たちに取っては大いなる悲劇でも外側の彼らはなんの感情もなく捨ててしまえるのだ。

 その程度の価値しか。


 たった一つの『手紙(希望)』がなんだと言うのだ。


 迷いはコーヒーと共に飲み干した。

 この時の苦さを私は生涯忘れないだろう。

 

 神は死んだ。


 


 了

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