22-2 第249話 制御が効かないモノは、(当然)危ない

弘治三年 西暦1557年 一月中旬 午前 場所:甲斐国 甲府 自宅   

視点:律Position


奏「それじゃあ、そろそろ……お暇させてもらうわね」


 奏先輩が用事を終えて数日、いよいよ小田原に戻ると言う。


律「そんなぁ~もう少しゆっくりしていけばいいのに~」

奏「悠々自適な商人暮らしのアナタと違って、これでも侍仕えしている身なの。それに小田原城でオヤジ殿が寂しがるからね」


律「オヤジ殿?あ~、氏康さんのことね」

奏「そそ。変な当主様なんだけどね」


 大丈夫です。それは武田家ウチも同じですから。


律「京乃介さん!ちょっと街の入り口まで見送ってきますね」

京乃介「はいはい。いってらっしゃいませ」


 店にいた京乃介さんに一声かけて、奏先輩と歩みだす。

戦国時代に来る前は、しょっちゅう会うような仲だったのに、

もうお別れとは……寂しいモノだ。


 しばらく街道を東に歩いていると、

陶工・慎之介さんの作業場に入ろうとする馬場様が目に入った。


 馬場様は信州林城の城主とあって、甲府で見かけるのは珍しい。

そんなレアな人が、ウチのグループ企業を訪ねているとあれば、自然と気になる。


律「奏先輩。ちょっと寄らせてもらって、いいですか?」

奏「別にいいわよ。急ぎじゃないし」


 許しを得たところで、馬場様の後を追って作業場に入る。


律「馬場様~!こんな所で何をしているんですか?」

馬場「うおっ!律か。久しぶりだな」

律「もしかして馬場様、茶器とか興味あります?安くしときますよ」

慎之介「ああ……違う、違うんだ、律さん」


 そこへ奥の方から、薄汚れた姿の慎之介さんが現れた。


馬場「実は……とある物の試作を頼んでいたのだが、私が善光寺平への急襲作戦の指揮を執ることになってな。その戦陣で使うために取りに来たのだ」

律「なるほど」

慎之介「それが是だ」


 慎之介さんは箱を持ってきて、フタを開ける。


律「これは……黒の茶器?」

慎之介「あっ、これは違うヤツだ」


 違うヤツかい!


律「まったく……間違えないでくださいよ!」

慎之介「失敬、失敬。こっちだ、こっち!」


 慎之介さんは、また別の箱を取り出す。


奏「これは……壺かな?」


 壺の口は蝋で密封され、そこへ紐がつなげられている。

コレって、もしかして……。


馬場「この壺の中には油が入っていてな。火を付けて投げれば、落ちた地点は大炎上となる訳だ」

奏「ふ~ん、つまり……火炎瓶ってワケね」

律「正確には壺だけどね」


 ひとまず、辺りの開けた場所で、試してみることになった。

慎之介の火種から着火して、馬場様が素早く投げる。


 ガチャン!と壺の割れる音がして、その落下点から二・三歩くらいの範囲が燃えた。


馬場「思っていたよりもショボいな」

奏「やっぱり改善すべきなのは……


馬場「火力!」

奏「爆発!」


 二人は息ぴったりに、顔を合わせる。

奏先輩、西〇警察の爆破シーンをループして延々と見ていられる人だからなぁ~。

火薬取締法[1]が無い、この時代では非常に危ない。


馬場「いやー。わかっておられますな!土壁や柵の破壊に欠かせない時代が来るやもしれませんな」

奏「内容物を油ではなく、硫酸と塩素酸塩などの化学反応を用いたモノにすれば……」


馬場「それは……手に入りますかな?」

奏「……無理です」

馬場「はぁぁぁ~。順風満帆に物事は進まぬか……。それにしても貴殿は、かなりの知識人のようだ。名前を伺っても良いか?」


律「あ~、この人は北条家の安藤良整さんです。小田原で代官をしています」

馬場「ほ、北条……!?」


 ……あっ!


馬場「し、しまった!思いっきり、武田家の軍事作戦のことを話してしまったではないか!」

奏「あ~、その……ワタシは、いなかったことに……」


馬場・律「そうしよう」「そうしましょう」


 口裏を合わせれば、問題なし。モーマンタイ。

まぁ、最悪同盟相手だしね!


慎之介「あ、律さん。律さんの御所望の物も届いとるわ」

律「お?出来ているの?そうそう、鍛冶屋さんに頼んでおいたのよね~」


 包みを解くと、中から御所望の品が現れる。


律「じゃじゃん!鉤縄かぎなわ[2]デース」

奏「グラップフックってとこね」

馬場「愚、愚蔵……な、なんと?」

律「この人が言っていることは忘れてください。アタシが実践してみせますから」


 そう言って鉤縄を手に持ち、金具の部分を上にヒュンヒュンと回す。


律「それっ!」


 少し丘の様になっている所の、丈夫そうな枝を目掛けて投げる。

すると、うまい具合に引っかかって、縄がピンと張る。


律「これがあれば、急斜面や高所でもスルスルっと登れるわけです!」

馬場「ほほう。これは凄い!私にもやらせてくれないか!?」

律「いいですよ。是非!」


 枝に引っかけていた鉤縄を回収して馬場様に渡す。


馬場「ええっと……金具手前の部分を振り回すのだったな?」

律「そうです。勢いをつけてから投げてください」


馬場様の一度目の挑戦は少し距離が届かず、二回目の挑戦。


馬場「うおりゃあ!!!」


 馬場様が勢い良く投げるが……、鉤先が飛んでいく様子が無い。


律「あれ?馬場様、何をして……って、消えた!?」

奏「あそこ」


 奏先輩の指さす方向を見れば、なんと馬場様が引きずられているではないか!

どうやら投げるタイミングで、後ろを通っていた馬車に引っかかってしまった様で、

その衝撃に驚いた馬が急に駆けだしてしまったのだ。


律「ば、馬場様、大丈夫ですか!?」


 慌てて走って、その後を追いかける。


馬場「ぐおっ!な、なんのこれしきィ!」


 なんと、馬場様は牽引されながらサーフィンをしているかの如く、

落ちていた木片の上に立ちながら華麗に道の真ん中を滑り抜けていくではありませんか!


奏「すごい……!これが武田家の武の真髄」

律「あれはもはや、武田家関係ない気もするけど……」


馬場「ふふはは!どうだ、見たか?これが我が……ブヘッ!」


 馬場様が喋っている途中で、馬が急停車。

馬場様は、勢いそのまま荷台へと突っ込む。


律・奏「ば、馬場様――!」


 その後、馬場様は戸板で自分の屋敷へと運ばれたが、

翌日には何事もなかったかのように、居城へと戻って行った……。



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[1]火薬取締法:正確には火薬類取締法。昭和25年(1950年)成立。

[2]鉤縄:先端に鉄製のフックが付けられた縄。忍び道具の一つとして知られる。

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