22-3 第250話 冬場の進軍、霜を踏んで

弘治三年 西暦1557年 二月上旬 午前 場所:信濃国 安曇野~善光寺平 道中

視点:律Position


律「ブェッ……クション!ふぅ~さびぃー!」

原昌胤「大丈夫ですか?支配人さん。鼻、出てますよ」


 そう言って馬を寄せると、昌胤さんは馬上から手ぬぐいを差し出してくれる。


律「すいません。ありがとうございます~。徹底的に消毒してから返しますから!」

昌胤「別に気にすることないわ。付き合いも長いことだしね」


 アタシたち富士屋は今、善光寺平を急襲せんとする馬場様の部隊に随行している。

この部隊は二木・仁科ら小笠原旧臣団に保科、陣馬奉行として昌胤さん、

内山城代の方の小山田様、それに軍監として跡部様で編成された約五千の兵である。


昌胤「それにしても、助かったわ。さすがに冬場だけあって、なかなか乗り気でない商家が多くて困っていたのよ」

律「そりゃまぁ、商人司ですから!それに荷運びに富士屋ウチの馬借網が使えた方が楽でしょうし、じゃあやりますって言う他ありませんよ!」


昌胤「それはそうね。京四郎さんに任せるつもりは無かったの?」

律「ホントはそのつもりだったんですけど、アイツ……智様から保養に同行しろとか言われているらしくて、そっちに行っちゃっておるんですよ」

昌胤「あ~、それなら仕方ないね。せめて、仕事が早く終わることを祈るしかないね」


律「でも京四郎のヤツ、雪の降り積もった場所での馬車移動は大変だろうって、特製装備を用意してくれたんですよ!」

昌胤「それが……コレ?」


 昌胤さんが、アタシの乗っている馬車の下部を指さして尋ねる。


律「そう、対雪面最強装備……ズバリそりです!」

昌胤「ほほう……そり!」

律「ええ、積み荷の重さを分散させつ、馬の速さで素早く引っ張ることで、雪上でも効率的に稼働できる……と京四郎が言っていました」


昌胤(今の解説、全部京四郎さんの受け売りなのね。ふふっ……)


 思わず昌胤は、口もとが緩んだ。


 しばらく道沿いに進んでいると、道端から一人の修験者が現れて、

軍列にゆるりゆるりと近づいて来た。


お龍「な、何だ、お前は!怪しいヤツめ!」

「あいや……ちと、用事がありましてな。こちらは武田様の軍に相違ないか?」

昌胤「確かにそうだが……何用か?」


 すると、修験者は笠を放り投げて、いきなりお龍に抱きつく。


「お龍!久しぶりでござるなぁ~。覚えておるか、ほれほれ!」

お龍「出浦の兄貴!?どうしてこんな所に!?」

出浦「いやぁ、遠目から見てそうかと思っていたが、驚きでござる!」


 お龍と修験者の二人は、コチラを置いてけぼりでヒートアップしている。


律「待って、待って。落ち着いて!昌胤様が完全にポカーンとしちゃっているじゃない」

出浦「ああ、これはすまぬでござる」


 修験者はペコリと頭を下げてから、軍列の横を歩いて話を続ける。


出浦「お初にお目にかかります。戸隠の棟梁を務めております、出浦盛清でござる」

律「ああ、貴方があの!千代女さんからお話は、かねがね……」

昌胤「なるほど、望月様のお知り合いでしたか。馬場様の所へと御案内しましょうか?」


出浦「いえ、敵の間者に本陣に出入りするところを見られないとも限りませぬ。今から拙者が申すことを御言伝おことづていただきとうござる」

昌胤「わかりました。伝えましょう」


 ……忍者って、本当に「ござる」って話すんだ!?


出浦「この先の吉窪城の城主小田切 幸長ゆきながですが、小城では叶わぬと見て落合治吉の葛山城へと合流したとのよしにございます」

律「なぁるほど、つまり落とす城が一つ減ったってこと?」


お龍「より多くの兵を相手にしないといけねぇとも、言えるな」

昌胤「それを言うなら、相手の食い扶持も増えたと言えるわね」

お龍「え……、あ、ああ……そ~うとも言えるな」


 そう言って、お龍はプイっとそっぽを向いた。


昌胤「他に報告はありますか?」

出浦「勘助様によれば、真田の旦那が井上勢の抑えに井上城へと出陣すると……」

律「確かに後背を突かれたら嫌だからね。わかる」


出浦「そんなところで、ござる」

昌胤「ええ。報告ありがとう」


 出浦さんは再び笠を被り、軍列から離れて行った。


……と思ったが、数分後に進軍方向から走って現れた。


出浦「も、申し訳ございませぬ!今一つ、報告することがございました!」

律「まだ、何かあるんですか?」

出浦「それが、……この先は下り坂になっていると……」

お龍「それがどうしたってんだァ?」


昌胤「あのさ、支配人さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」

律「はい、何でしょうか?」

昌胤「このそり、止まる時ってどうするのかな~って?」

律「えっ?それは……あっ!」


 気づいた時には、時すでにお寿司……じゃなかった、遅し。


「おぇぇあああああ!ま、待ってけろ~!」

「だ、誰かぁ~とーめてくれ~」


 先方からウチの御者の叫び声が聞こえる。


跡部「富士屋~!こ、これは一体全体どうなっているんだ!!」

律「き、京四郎に要改善の報告書出しておきます!!」

昌胤(……さては京四郎さん、逃げたわね)



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