第二十二章 導火線  1557年1月~

22-1-1 第247話 雪が積もる、話も積もる

弘治三年 1557年 一月初旬 正午 場所:甲斐国 甲府 躑躅ヶ崎館  

視点:高坂昌信 Position


 年が明けて、一月。

今日は年初めの大評定のために、家中の重臣たちが評定の間に集まっている。

真田幸隆様や馬場様など、平時では会わない様な人達も顔を見せている。


秋山「お、高坂!おひさ~」


 しばらく顔を合わせていなかったが、どうやら彼は全く変わっていないらしい。

軽い感じの会話術で相手の女性を堕とすのが、彼の常套手段な訳だが……。

ここは……返り討ちにしてやろう。


 秋山様の隣に座りながら、口を開く。


高坂「お久しぶりです、秋山様。ずいぶんと大きな声で話しかけるじゃないですか。そんなに私に会えなくて寂しかったんですか?」

秋山「ダーッ!これだよ。高坂相手だと調子狂うわぁ~」


 そんな感じで世間話をしていると、信繁様が現れる。


信繫「皆、集まっていますね?それでは早速、大評定を始めるとしましょう」

高坂「お待ちください。智様がまだ……おられないようですが?」

信繫「あー、智はまだ……調子が優れなくてね。冬場ですから冷えると良くないというのもありますし……」


信廉「ま、まぁ……後で智にも議案のことは伝える故、気に病むことは無いぞ!」

高坂「左様ですか。是非ともよろしくお願い致しまする」

信繫「他に何か述べたき事がある者はおりませんか?用を足したい人がいれば今のうちですよ」


飯富虎昌「では、お言葉に甘えて!」

甘利「拙者も!拙者も行かせていただきまする!」

「某も!」「私めも!」


 大評定とあって遅刻する訳にはいかないと、集合が早かったため我慢していた者が多かったようだ。

バタバタと厠の方へと、皆駆けて行く。


 ……それにしても多くない?三分の一がいなくなってるけど!?


 再び、全員が席に着いたところで、大評定が始まった。


板垣「オッホン!板垣弥次郎信憲、北信方面善光寺平への侵攻を具申させて頂く!風水によれば北の方角は吉なる方角。是非とも検討いただきたい」


 珍しいことに、一番最初に口を開いたのは、板垣様だった。

いや、家柄的には当然のことなのだけれど……、

板垣様と言えば家中で一番の石高ながら戦功が無く、パッとしないのが普段の様子であった。


内藤「俺も板垣様の意見に賛成だ。風水がどうのこうのって理由付けは気に食わんが」


 あ、それは同意。


高坂「勘助さんは如何お考えですか?」

勘助「武田家としては昨年は大きな戦も無く、物資も兵糧も余裕がある。善光寺は甲斐に移したし、戦意についてはいささか心配ではあるが、十分戦えるだろう」


 勘助さんの冷静な指摘に、「おお……!」と感嘆の声が漏れ聞こえる。


信繫「真田。我々に敵対的な態度を示している領主はどれほど居りますか?」

幸隆「そうだな……。まずは葛山かつらやま城の落合治吉。彼は長尾が越後に退いても最前線を任されている訳ですし、間違いなく敵に回るでしょうな」

信繫「ふむ」


跡部「あ、あの!もし、よろしければ……こちらの地図をお使い下さい」

信廉「おお、気が利くのォ!」


 評定の間の中心に、跡部様が信濃の地図を広げる。



                             高梨氏↑



                     長沼城(島津)  千

    葛山城(落合)                   曲

          善光寺                川


                           井上城(井上)

吉窪城(小田切)

             犀川

       ↓武田領



幸隆「村上の庶流である吉窪よしくぼ城[1]の小田切、同じく義清の忠臣である井上は当家に臣従する様子は見られません。彼らも敵に回るでしょう」

馬場「それだけか?」


幸隆「あとは……長沼ながぬま城[2]の島津しまづ忠直ただなお[3]くらいでしょうか?彼の城は千曲川沿いですし、他の城を落とせるのであれば難なく落とせるだろうかと」

高坂「あ、おーっと!中野[4]の高梨をお忘れではありませんか?」

幸隆「そうだった、そうだった。忘れておったわ」


 さりげなーく、自己主張、自己主張。

京四郎と越後に潜入した時に通ったことあるからね。


板垣「これくらいの小領主であれば、智様の采配であれば楽勝でしょうな」

昌景「お待ちください。敵の戦力を侮ってはいけません。我らが和平を破って侵攻したとあらば、必ず長尾が動きましょうぞ!」


飯富「長尾……また奴らめが動くか!」

信繫「動くでしょうね。千代女!千代女はおらぬか!」

千代女「お呼びか?」


 千代女さんの声はするが、姿が見えない。


千代女「あっ、すみません。変装を解くのを忘れてました」


 声のした方を見ると、さっきまで駒井様がいたはずの所に千代女さんが座っていた。


千代女「駒井様が正月に、はしゃぎ過ぎてしまって腰を痛められたので、代わりに議事録の筆記を務めておりました」


 き、気づかなかった!

そう言えば、一回も喋ってなかったけど!


千代女「北信の情報源によれば、善光寺平は北方では雪がかなり降り積もっているとのこと。しかし……詳しいことをお尋ねであれば、むしろ相応しい方が……」


 言葉が切れたところで、千代女さんと目が合う。

ま、まさか……私ですか!?

京四郎との手に汗握る越後の脱出譚を語って見せろと言うのですか!?



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[1]吉窪城:現在の長野県長野市の山城。村上家の小田切氏の居城。犀川北方の善光寺平と安曇野の中間にある。

[2]長沼城:現在の長野県長野市の城。千曲川の西岸にある。同名の城が福島県にもある。

[3]島津忠直:九州の島津氏とルーツを同じとする一族。長沼城主。生年不明。

[4]中野:東京の中野……ではなく長野県中野市。扇状地であり、果樹栽培が盛ん。

[5]出浦:出浦盛清のこと。

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