閑話 全然明るくない、明朝について

例によって解説回です。

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令和XX年 西暦20XX年 場所:埼玉県さいたま市大宮区


坂本「ふぅ~、今日もアフタヌーンティーが美味しいなぁー」


 この日も坂本は、のんびりと午後の余暇を過ごしていた。


侑「博士!歴史解説の時間ですよ!!!」

坂本「うぉっ!ビックリしたぁ!」


 バァン!と大きな音と共に現れた真田に不意を突かれて、

坂本は紅茶をこぼしてしまった。


坂本「最近は無かったから、てっきり消滅したものだと思っていたが……」

侑「尺埋め……ゴホン!!なんでやらないんだとのお声がありまして……」

坂本「誰のリクエストだよ!」


 坂本の言葉など気にもせずに、真田は講義の準備を進める。


侑「今日のテーマは、ズバリ【みん】です!」

坂本「ミーンミーンミ~」

侑「蝉ですか!中国の王朝の方の明です」


坂本「あー、そっちの方ね」

侑「芭蕉ばしょうの『静けさや~』の俳句の蝉はミンミンゼミかアブラゼミかというテーマでも構いませんが?」

坂本「いえ、明王朝の方で結構です!」


侑「良かった。ところで博士、明と言えば、何か思いつくモノはありますか?」

坂本「……明朝体?」

侑「回答が渋すぎません?」


坂本「だって、他に知らないし~」

侑「ま、確かに明朝体は明代に確立された活字に由来する書式ですから。間違いではありませんよ」


侑「明朝とは14世紀後半~17世紀前半にかけての三百年程の王朝です。日本で言えば室町時代から江戸初期にかけてに当たります」

坂本「意外と長いんだなぁ~」


侑「ではまず成り立ちについて、元寇でも有名なフビライ・ハン[1]の死後、内紛争いが起きていた元は、紅巾こうきんの乱によってついに北の方へと追いやられてしまいます。」

坂本「コーキン?それって三国志じゃなかったっけ?」


侑「それは黄巾こうきんです。イエローターバン」

坂本「これは?」

侑「紅巾です。レッドターバン」

坂本「なんでワザワザ同じ読みのやつにするかなぁ~」


侑「その紅巾の乱に乗じて中国を統一したのがしゅ元璋げんしょう[2]です。彼は行政改革や農地制度を整えて、戦乱を治めていきました」

坂本「お、なんかいい人そう!」


侑「ところが、彼は猜疑心が強かったために多くの功臣を粛清。密告された時点で精査もされずに多くの人々が処刑されました」

坂本「あらら……」


侑「中には朱元璋が元僧侶だからと言って、【禿】【僧】などの文字を使っただけでも嫌疑をかけられたとか……」

坂本「よくある独先国家のダメなパターンのヤツだ、これ」


侑「二代目皇帝の時には早速、反乱が起きて皇帝は殺されてしまいます。放棄したのは弟の永楽帝[3]でした」

坂本「結局、身内かい!」


侑「永楽帝は度々遠征を行ったほか、宦官かんがん鄭和ていわ[4]に命じて、大規模な航海を行わせて周辺諸国に対して国の強大さを認識させました」

坂本「宦官って知ってる~。アレが無い人でしょ?ピー(自主規制)が無い人!」


侑「何回も連呼しないでください……。まったく、何でこういうことだけ知ってるかな……」

坂本「照れるなぁ~」

侑「褒めてませんよ」


坂本「そのエーラクテーって人が最盛期ってことは、その後は下り坂?」

侑「後を継いだ皇帝は優秀でしたが短命でして……」

坂本「あ~、寿命は仕方ないね~」


侑「結果的に六代皇帝の英宗[5]の代には、皇帝に媚びへつらう宦官が台頭。汚職が蔓延まんえんし、北方では騎馬民族が侵入を繰り返し、南では密輸業者の倭寇が襲撃を行って、世情はますます乱れていきました。さて、この有様を四字熟語で?」

坂本「えっ、クイズ?」


侑「さぁ、お答えを!ヒントは方角が二回入りますよ!」

坂本「うーん、南船北馬?」

侑「惜しい!」


坂本「西高東低?」

侑「なんで、遠ざかるんですか……。正解は北虜南倭です!」

坂本(知らん……)


侑「結局、事態は騎馬民族に英宗が囚われるまでになります」

坂本「まぁでも、無能な君主ならば、そっちの方が良いんじゃない?」

侑「ところが、その後彼はクーデターにより復権してしまうのです」

坂本「oh……」


坂本「なんか、もうちょっとまともな君主はいないの?」

侑「英宗の息子、成化せいか帝[6]はどうです?彼は十九歳年上の乳母を寵愛して妃として迎えました」


坂本「それなんて、おねショタ……というか、おばショタ?」

侑「ところが、その乳母は裏で他の妃を堕胎させており、とある妃の謀殺に失敗したことで憤死。それを嘆いた成化帝も後を追うように亡くなってしまいました」


坂本「……他ッ!」

侑「成化帝の乳母の謀殺から逃れた弘治こうち帝[7]はどうです?彼は宦官を退けて、明代中興の祖と呼ばれています。もっとも、侍医が処方箋を誤って早死にしてしまったという死因が何とも言えませんが……」


坂本「ま、まだ他にいるよね?」

侑「あとは……水遊びしていたら船が転覆して死んだ人とか[8]、自分は仙人になるとか言い出して怪しげな薬を飲み続けて死んだ人とか[9]、一回飲んだ薬を気に入って、もう一回服用したら死んだ人とか[10]……」


坂本「明王朝は、もう少し優秀な医者を用意しておくべきだったなァ」

侑「朱元璋が臣下を信用せず、皇帝が絶対的な権力を持つようになった結果、皇帝が全ての決済を行うしかなくなり、結果的に優秀な皇帝は早死にして、宦官に全投げしているノーストレスな暴君が長期政権を築くという負の連鎖に陥ったワケです」


坂本「なぁるほどね~」

侑「国外からの銀の流入に対して手を打たなかった明は経済的にも弱体化していき、やがて滅亡することとなります」


坂本「なんか、あまり良いとこなかった気がするなぁ……」

侑「そんなことはありません。『西遊記』や『三国志演義』などの文学作品が書かれたのもこの時期ですし、中国を訪れた西洋諸国の宣教師たちとの交流によって生まれた技術など文化的には見どころもあります」


坂本「上は駄目でも下は活気ある社会ってワケね」

侑「上が絶対であるという朱子学に対抗した陽明学が生まれたのも、そうした時代背景があるからでしょうね。その陽明学が明治維新の志士たちにも影響している訳ですし」


坂本「おお、なんか上手くまとまった!次回は、もうしばらく無いよね?」

侑「ええ、残念ながら今のところ予定は……」


坂本「アーザンネンダナー。待つわ~いつまでも待つわ~」

侑「それは、あみんです」

坂本「ははは、ごみん!」

侑「…………はぁ~」



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[1]フビライ・ハン(1215~94):モンゴル帝国五代カーン。元朝初代皇帝。漢人官僚と非漢人官僚の対立に苦慮する。

[2]朱元璋(1328~98):洪武帝とも。明の初代皇帝。

[3]永楽帝(1360~1424):朱元璋の四男。三代皇帝。文化・儒学・歴史・天文学などをまとめた『永楽大典』の編纂を行い、日本とは勘合貿易を行った。

[4]鄭和:永楽帝に仕えたイスラム教徒の宦官。七度に渡る航海を行い、メッカや東アフリカ東岸まで到達した。中国にキリンを持ち帰り、永楽帝に喜ばれた。

[5]英宗(1427~64):第六代兼八代皇帝。

[6]成化帝(1447~87):第九代皇帝。英宗の長男。自らに反発する者を摘発する諜報機関を設立した。

[7]弘治帝(1470~1505):第十代皇帝。成化帝の三男。皇太子を廃されそうになるも、地震を畏れた父により助かったとされる。

[8]十一代皇帝、正徳せいとく帝のこと。弘治帝の子。むやみに遠征を繰り返し、遠征地で乱行を繰り返した。戦費調達のために重税が課され、反乱が即発した。

[9]十二代皇帝、嘉靖かせい帝のこと。1507生~67年没。

[10]十五代皇帝、泰昌たいしょう帝のこと。1582生~1620年没。即位僅か1か月で崩御した。

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