外伝 密談
弘治二年 1556年 十二月下旬 昼頃 場所:甲斐国 甲府の町外れ
「すまぬ。待たせたか?」
一人の若い侍が他の四人が待ちかねている部屋へと入る。
「おう、待った待ったぞ!今日の支払いは、お主持ちぞ!」
「そういう、お前が来たのも、つい先頃ではないか!」
この五人は武田家に仕える侍ではあるものの、
さしたる功も無く、不遇を囲っていた。
「それにしても会合の場所に、こんな所を選ばずとも良かったのではないか?」
侍たちのいる隣の部屋からは、女の嬌声が漏れ聞こえてくる。
そう、ここは甲府の町外れにある、小さな女郎屋なのである。
「仕方がなかろう。壁の薄い長屋では、いつ盗み聞きされるか……わからんからだ」
「甲府中の宿屋は全て、富士屋が管理を行っていやがるしなァ!」
「あー、あの異国かぶれの商人かぁ~」
「そうじゃ、そうじゃ」
「「「「はぁ~」」」」
五人の口から同時に、溜め息が漏れる。
「まぁ、ひとまず乾杯しようや」
「乾杯」「乾杯ッ!」「かんぱい!」「乾杯!乾杯!」
五人は盃をかかげて、そのまま
「それにしても、もう年の瀬かァ……」
「今年は戦らしい戦が無くて、戦功が立てられなんだ~」
「ヌシは、そもそも戦働きはサッパリではないか!」
「そうじゃ、そうじゃ!」
「う、うるさい!こっちは正月に餅も食えないかもしれんのだぞ~!」
「悪い悪い。だが最近、ひもじい思いをしているのは俺もだ。俺らよりも、富士屋の従業員の方が金を持っておる気がするわ」
「そうじゃ!そうじゃ!これも富士屋のなどという悪徳商人と結びついておる智様が悪いんじゃ!」
「おいおィ!そりゃあ、流石に言い過ぎじゃねぇのか?」
「だが、堤の普請といい、甲斐善光寺の創建といい……いつも後ろについているのは富士屋、奴等だ」
「それに、ついこないだには南蛮寺にて妙な歌を歌って、奇妙な冬祭りをしていたとも聞く。怪しげな宗教を招き入れたことも忘れてはいかん」
「そうじゃ!そうじゃ!」
「ううむ……言われてみりゃあ、最近のお偉方のご様子はどうも妙なことが多い気がしてきたぜ」
「そういえば、お主は近習衆であったな」
「全然そんな、秀才と言う感じはしないが……」
「うるせぇ!」
「ここは、やはり智様には表舞台より引いてもらう他あるまい」
「そもそも智様が実権を握っておる、この状況が普通ではないのだ……」
「そうじゃ!そうじゃ!女当主なんぞ聞いたことも無いわ!」
「だ、だがよ……もしも、智様が引かなかったらどうするってんだよォ!」
「その時は……なぁ?」
「おお……怖い怖い」
「実は、とあるお偉いさんが、この計画に興味を示してくださってる」
「なんと!」
「その方は義信様への政権移譲を目論んでおると」
「義信様なら今川との繋がりもあるし、大賛成だ」
「今はまだ、智様が実権を握り続けていることについて肯定的な者も多い。事は
「近々、戦が近いと聞く。もしもその戦で失態があれば……」
「いよいよ、この変事の絶好の機会ってェ訳だ」
「ふふふ、何だか楽しみになってきましたよ」
「こちらには大義があります。決行までに少しでも味方してくれそうな人を増やすべきやな……」
「そうじゃ!そうじゃ!」
「……」
近習の男は、話の途中から窓の外へと視線を向けていた。
「おい、どうした?ボーっとして~」
「あ、わりぃわりぃ!ちょっと隣の女の声が可愛くてよ」
「こ、コイツ~」
(智様には私怨はねぇ。だが……ヤツ、京四郎は……)
▼▼▼▼
二日後 午後 場所:甲斐国 甲府 富士屋
千代女「……とのような密談がありまして……」
京四郎「全部、聞いてたんかい!!」
千代女「私ではないぞ、私の部下からの情報だ」
京四郎「まるで芝居役者みたいにスラスラと喋ってて、お兄さん怖いよ」
勘助「まぁまぁ……これくらいのことは巫女衆にとっては朝飯前よ」
千代女「肩慣らしにもならんな」
京四郎「……それより、いいんですか?こんな計画を放っておいて……知っているのならばさっさと検挙すればいいのに」
勘助「本当に計画に加わっているのは奴等だけか?暗躍している者がいるかもわかんねぇのに?」
京四郎「うぐっ……」
千代女「それに証拠も無いわ。証言なんて
京四郎「実にごもっともです……はい」
勘助「
バタン!!!!
大きな音を立てて、入り口の
京四郎「……勘助さん、もしかして超能力とか持ってます?」
勘助「……持ってたら、どうする?」
京四郎「ください」
勘助「お前に授けられるんだったら、先に千代女にあげてるよ」
京四郎「ひ、酷い!」
千代女「ふふふ……っ」
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