21-6-2 第246話 じゃる!おじゃる!
弘治二年 1556年 十二月中旬 昼頃 場所:甲斐国 甲府 躑躅ヶ崎館
視点:律Position
館に到着すると、いつもの大広間へと通された。
広間には既に、信繁様や駒井様などが列席していた。
山科様と周良さん、それにアタシたちも腰を下ろした。
すると、狙ったかのようなタイミングで、近習の声がかかる。
「源
そして現れたのは、例によって信廉様である。
もう少し威厳にある感じに、ゆったりと席につけばいいのに、
さっさと座りたいのか、冷たい床板のダメージを和らげたいのか、そそっかしい。
信廉「策彦禅師、それに山科卿。遠路遥々の長旅……さぞお疲れでは、ござらんかったか?」
おお、信廉様。セリフでは大物感出せてる! 良かった、良かった!
なんだか、新人声優の成長っぷりに近い物を感じるわね~。
周良「そのようなことは……
山科「さよう、さよう。まことに大変でおじゃった!!渡し舟では高値を吹っ掛けられるわ、行軍中の兵に邪魔されて思うように進めぬわ……それはもう大変でおじゃった!」
山科様は、さっきまでのしょげ返りが嘘のように喋り始めた。
その勢いに押されてか、信廉様は上手く言葉が返せない。
信繫「そういえば、お宿の方は如何でしたか?甲信、いや……東国随一と言っても過言ではない『甲富屋』は満足いただけましたかな?」
見かねた信繫は流石のアシストである。
若干ウチの宿を褒めすぎな気もするけど、悪い気はしない。
山科「それはもちろんじゃ!庭ほどの大きさはあろうかという露天風呂に、清掃の行き届いた部屋!舌鼓を鳴らしっぱなしの食事!満足いかぬ点を探す方が難しいでおジャル」
信繫「それは良うございました。あの宿は
山科「うむうむ!」
その後の話では、周良さんが恵林寺の住職として一時的に留まることなどが決められた。
話がひと段落ついたのを見計らって、信廉様が口を開く。
信廉「そう言えば、昨今の京の様子は如何でしょうや?」
周良・山科「「………………」」
この手の質問は、武田家が中央情勢の動向を知るために来訪者によくする質問なのだが、この時の二人の反応は渋いモノだった。
周良「正直なところ、あまり良くはありません」
駒井「なんと!」
周良「長年の戦で都も荒廃して不逞の輩が
甘利「しかし、京には将軍様がおろう?」
山科「公方なら朽木谷に逃げていて、京にはおらんぞよ」
京四郎「公方様がおらずとも、三好様がおりましょう?」
周良「三好方は己が権勢を大事にする故、民草にことはあまり気にかけませぬ」
山科「それに朝廷への寄進はケチるしのう……」
結局、金に行き着くんですね。山科さん……。
山科「そうじゃ!武田様も金子を少しばかり寄進してはくれまいか?」
信繫「金銭の献上については、拒むつもりはありませぬ。しかし……朝廷へは当家以外の大名も寄進しているのではありませんか?京では家紋を掲げた荷駄の列が珍しくもないと、聞きますが……」
流石は武田の諜報網。その手の情報も掴んでいたのか。
まぁ、確かに言われてホイホイ金を出していたらキリが無いしね。
山科「実のところ、公家衆も一枚岩ではごじゃらぬ。平穏を望む者、権力に媚びる者もいれば、混沌を招かんとする者もおりまする。色々と懐事情はあるでしょうが、今少し金銭を工面してはくれまいか?さすれば朝廷で武田よりの派閥も形成しやすくなるでおじゃろう」
信廉「ふむ……」
信繫「山科卿の存念は分かり申した。金子については如何ばかりか工面いたしましょう」
山科「本当でおじゃるか!」
信繫「具体的な額については来年度の予算を組みなおさねばならぬ故、確約は出来ませぬが……」
なんか、急に政治家の答弁っぽくなったな。
いや、元から政治家だけど!
甘利「まぁ、その時は富士屋の協力も必要となりましょう!」
京四郎「げっ、オレ達ですか!?」
信繫「不満か?」
律「そりぁまあ……思うところはありますけど……」
信繫「ふふふ……素直でよろしい」
信繫様につられて、場に笑い声が広がっていく。
山科「晴信殿。申し訳ないが、少しばかり話過ぎてしまったようじゃ。何か飲み物はござらぬか?」
信廉「ああ、これは……しちゅれい致した。富士屋、何か用意できぬか?」
(かんだ……)
(かまれましたな……)
(はぁ~今日は珍しく決まってると思ったのに……)
京四郎「今、かみま……
律「今ご用意します!」
京四郎の言葉にしっかりと被せて、飲み物の手配を始める。
京四郎「紅茶オア南部茶?」
そんなフィッシュorビーフ?みたいに聞いても両方ともお茶だよ!
周良「な、ナンブ茶」
京四郎「おー南部茶!いいね~。山科様は?」
山科「……お茶か~他のは、ごじゃらぬかのう?」
信廉「せっかく甲斐までお越しいただいたのだ。旨い酒でも出したらどうだ?」
あっ、そこの酒豪公卿に高級な酒はマズいですって!
山科「酒?それは是非ともご馳走になりたいですな!」
甘利「すぐに持ってこさせましょう!」
側仕えの女性が高そうなお酒を持って現れた。
「乾杯!」「乾杯!」
律「甘利様、ちょっと!」
甘利「どうした、律?お前も飲みたいのか?」
律「ち、違いますって!山科様に高いお酒は控えた方が……」
甘利「なんだ?あの方は下戸なのか?」
律「違います。むしろ……酒豪なんです。義元が酒の飲み比べをして酔いつぶれる程に……」
甘利「な、何だと……!」
その日、躑躅ヶ崎館の酒蔵の四分の一が消えた。
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[1]三条西実枝:三条家の庶流。1511年生まれ。歌人としても優れ、『源氏物語』の研究者としても知られる。
[2]四辻季遠:公家。1513年生まれ。正二位権大納言。今川義元・太原雪斎とも交流があった他、武田家と朝廷の取次を務め続けた。
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