21-6-1 第245話 師走に坊主来る

弘治二年 1556年 十二月中旬 午前 場所:甲斐国 甲府 富士屋  

視点:律Position


 山科さんの到着から遅れて二日、ようやくメインのVIPが到着したようだ。


律「あ、貴方様が、さ、策……」

「そうです、私が妙智院みょうちいんが住職の策彦周良です」


 まるで変なおじさんみたいな受け答えとは裏腹に、

優しそうな目をしたお坊さんが名乗ってくれた。


律「すいません、ご丁寧に……」

周良「いえ、珍しい名前ですからな。スッと出てこないのもわかりますよ」


 お坊さんだけあって、優しく受け答えしてくれる。

そろそろ、武田家からの迎えが来るはずだ。


甘利「お待たせしました、お二方!只今参上しました」

律「あ、甘利様。こんちわー」


 暖簾をくぐって現れたのは、甘利様である。

体育会系な甘利様より跡部さん辺りの方が接待には向いてそうだけど、

たまたま不在だったのかな?


甘利「晴信様がお会いになられますので、館まで御案内させて頂きます」

山科「おお、晴信殿が!?それは何より、結構、結構!」


 ……だから、なんでメインの招待客より同伴者の方が目立っているんですかねェ!


 店番は慎之介さんに任せて、アタシと京四郎もご一緒させてもらうことにした。

最初は静かに歩いていたが、無言の重苦しい雰囲気に耐えられなくなったのか、

甘利様が口を開く。


甘利「不躾ぶしつけですが、坊さんって有名な方なのですか?」

山科「な、なんと無礼な!周良殿を知らないと!?」


 ちょっ……甘利様、いくら何でも本人に聞くのは、マズいですって!

まぁ、確かにアタシもこの人のことは、よく知らないんだけど……。


周良「まぁまぁ、山科様。ここは都から遠く離れた地。拙僧のことを知らない人がいても不思議ではないでしょう」


 よ、良かったー!さすが、菩薩の周良さん、優しい。

これが恵林寺えりんじの快川和尚なら、黙って座禅半日コースである。


周良「自分語りをするのは何とも恥ずかしいのですが……、拙僧はかつて遣明船の副使として明に渡ったことがありまして……」

京四郎「えっ、明へ!?そりゃあ、スゴイ!」


 お前が食いつくんかい!


律「そんなに普通じゃないことなの?」

京四郎「この頃は沿岸部で襲撃を繰り返していた倭寇への対策で、国外からの入港船を制限しつつあった頃でね。そんな中での副使に選ばれてるんじゃ、相当な秀才だよ!」


 京四郎は、まるで地元のスター選手を語るかのような熱量で喋り続ける。


周良「ははは、全て先に解説されてしまいましたな」

京四郎「それでそれで、大陸では何処に行かれたのですか?」

周良「北京、そして寧波ねいは[1]に二度ほど……」


京四郎「北京!?ってことは紫禁城[2]を見られましたか!?すごかったでしょう?」

周良「それはもちろん!大運河[3]も見ましたが、あれを人力で造っていると思うと……」

京四郎「わかります、わかります!」


 メチャクチャ盛り上がってんな~。

1ミリも話の内容について行けてないけど。


律「それで、京四郎は行ったことあるの?」

京四郎「いや、ない」


 無いんかい!


周良「それにしても明のことに、これだけ興味を持ってくれるのは嬉しい限りですな」

京四郎「そんな!別に褒められるほどのモノではありませんよ」

周良「いえいえ、最近は南蛮の物ばかり珍しがる者が増えましてな。ヤレヤレ、嘆かわしいばかりです」


 周良さんはそう言って、ため息をつく。

師走の街中に白い吐息が広がる。


京四郎「あ~分かります、分かります。いますよね~そんなヤツ」

周良「いや、東国の若者でも同じ志を共感してくれるとはね!」


 ……周良さん、ちなみに甲斐に南蛮人を招いているのもソイツですからね。


周良「もし良ければ、京にある明で手に入れた本を読まれますかな?」

京四郎「本当ですか、それは是非!」


 どうやら二人は完全に打ち解けたようだ。


山科「あ、甘利殿……。二人の話、わかるでおじゃるか?」

甘利「いえ、全然……」

「「はぁ~」」


 どうやら、こちらも意気投合したようだ。

完全に負の共感であるが……。



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[1]寧波:中国読みはニンボー。現在の浙江せっこう省の都市。古来から日本船の入港地であり、日明貿易においても中心地域となった。

[2]紫禁城:故宮とも。明・清代の宮殿として使われ、元帝国の宮殿を壊して創建された。後に清の攻撃により、一部破損したが修復された。現在のユネスコ世界文化遺産。

[3]大運河:中国の北京と杭州を結ぶ大運河。国内交通の大動脈として、隋以降の歴代王朝によって整備され続けた。

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