第二十一章 蠢くもの 1556年10月~

21-1 第237話 朝のブリーフィング

弘治二年 1556年 十月下旬 朝 場所:甲斐国 甲府 躑躅ヶ崎館

視点:京四郎Position


高坂「おはよう、京四郎」

京四郎「おはよー、虎姉~」

高坂「その虎姉って呼ぶの、ここではやめてくれよ」


 まだ早朝だというのに、門の所で待っていた虎姉はいつもの調子だ。

人の集中力は起きてから三時間後くらいから高まるって、知らないのか??


 今日は、長尾家偵察の成果の報告に館へと招集されたのである。

高校生活でもないのに、こんな時間から呼び出されるのは……おっくうだ。


京四郎「ふぁァ~、眠みい~」


 堪えきれずに思わず大きなあくびが出る。


跡部「その何とも間抜けそうな欠伸あくび、くれぐれも殿の前でしないことね」


 館に入って出迎えたのは、跡部様である。

……こちらはこちらで平常運転だ。


跡部「それは……?」


 跡部様が扇でそれとなく指し示す。


京四郎「見ればわかるでしょ?犬です。」

跡部「そんなことわかってるわよ!何で連れて来てるのかって聞いてるワケ!」

京四郎「そりゃ、朝の散歩の時間ですから」

跡部「だから~そういう訳じゃなくって!」


 このまま跡部様に歯ぎしりさせ続けるのも一興だが、

隣の虎姉が「それくらいにしておけ」とばかりの眼差しで見てくるので、

大人しくそこら辺の近習に愛犬アドミラルを預けた。


甘利「おぅ!久しぶりだな松本ォ!」

京四郎「お久しぶりデース!甘利ィ!」


 広間では既に甘利と駒井様、そして信繫様の三人が待ち構えていた。


信繫「ようやく来たようですね。高坂に富士屋さん」


 信繫様がいたことで、この会合が朝に開かれた理由がわかる。

普段はのらりくらりとしている智様とは対照的に、

この人は最初っからフルスロットルなのである。


駒井「それでは皆様が集まりました様ですし、始めましょうか」

信繫「ああ、そうですね」


 さも当然のことの様に、信繫様は受け答えする。


高坂「ま、待ってください!智様は臨席されないのですか?」

京四郎「そうですよ!我々は智様の密命によって命の危険を冒してまで潜入してきたんですから!」


 合戦でもないのに、智様が甲府に不在だとは考えづらい。

一泊二日とかで湯治に出かけてたりしそうなのが、武田家ウチの当主だが、

それならばそれで後日に報告会をすれば良いだけの話だ。


甘利「そういや、最近は智様見てないな……」

跡部「下知はしっかりと頂いていますが、直接は……」


 どうやら、遠くに出かけていたオレ達以外でも見ていない様子だ。


信繫「あ~智はですね。最近、お腹の具合がすぐれない様でして……」

京四郎「あれま……」

高坂「どこか御加減でも悪いのですか!?」


 まるで尋問官のように、虎姉が信繁様ににじみ寄る。


信繫「こ、高坂!ち、近いぞ!」

甘利「高坂殿!お気持ちは分かりますが、落ち着いて!」

高坂「あ、ああ……すまん」


 虎姉は我に返ったようで、大人しく元の場に戻る。


京四郎「まぁ、そういうことでしたら……お大事にとお伝えください」

信繫「わかった、しかと伝えよう。……ところで、肝心の報告はどうなっている?」


 信繫様は、先程までの動揺が嘘のような落ち着きで切り返してくる。


京四郎「あ、はい……そのことですが」

高坂「我々の口や書物よりも確かな情報を連れて参りました!」

跡部「連れて参った……?持ち帰ったとかではなくて?」

高坂「さぁ、どうぞ!お入りください!」


 虎姉がパァンと手を叩くと、大熊さんが入って来た。


大熊「元長尾家家臣、元 箕冠みかぶり城主、大熊朝秀にございます」


 当たり前だけど、肩書が元ばっかりだな!

選挙前の与党の候補者みたいな感じになっちゃってるよ!

……今の肩書は何もないヤツ!


信繫「お、大熊……」

甘利「元長尾家家臣か」


 う~ん、大物入りで予備入れた割りには微妙な反応だ。

まぁ、確かに敵国の家臣の情報なんて有名どころしか知りようが無いだろうけど。


高坂「大熊殿は長尾家中にて財務方を務めておられた方で、橋銭の取り立てや川中島での交渉の代表役を任された人ですよ」

跡部「どうせなら、勇猛果敢な将とかを引き抜いて来ればよいものを……」


 跡部様が小声で愚痴る。

そういう自分は、戦功とか挙げてるタイプじゃないのをわかって言っているんだろうか?


信繫「言いたいことは分かりますが、内政官なればこそ知りえる長尾家の事情もあるでしょう。当家としては是非、手厚くお迎えしましょう」

大熊「かたじけない」


 大熊さんが頭を垂れる。


 その後、今回の偵察のことの次第について説明した後に、解散となった。


高坂「あれ?京四郎……さんは帰らないのですか?」


 廊下に出た所で、出入口とは別方向に行こうとした所を止められる。


京四郎「え~っと、ちょっとボク、トイレ~」


 妹が好きなミステリーで探偵がよく使うあの手である。

これを使えば、こっそりと智様のもとへお見舞いに行くのも可能だろう!


高坂「と、トイレ??トイレって何ですか~!?」


 虎姉の問いかけも無視して館の奥の方へと近づく。


 いや~、お見舞いと言えばラブコメの定番ですからね。

おかゆとかサムゲタンとかボルシチとかを作ってあげて~、

レンゲでフーフーして~、背中を拭いてあげて~!


京四郎「これは絶好のチャンスである!」


 ……どちらかって言うと、オレがされる側の気もするが。


 智様の部屋へと通ずる一本道の通路に誰かいないか様子見しようと、

顔をひょっこりと出したところでドンと誰かと衝突してしまった。


京四郎「いってー」

「まったくー、痛いのですー」


 この幼児体系にこの声、他に間違えようがない。

声の主は徳本先生である。


徳本「あっ、京四郎君!こんなところで何をしてぇるんですか!」

京四郎「こ、これは……その……智様のお見舞いに行こうかと」


 思わず本心が漏れる。

別にやましくは無いよね??


徳本「ダメです!智様は体の加減が優れないので!」

京四郎「お見舞いもダメなんですか?」

徳本「ダメです!うちゅりますので!」


京四郎「信繁様は、お腹の具合って言ってましたけど……移るんですか?」

信繫「あっ……えっ……それはですねぇ……」


 答えに窮したようで、徳本先生は顔が真っ赤になる。


徳本「ダメって言ったらダメなんですぅ~!」

京四郎「え~!」


 こうして結局、お見舞いは叶わなかった。



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