20-11-3 第236話 煙のある所

弘治二年 1556年 十月上旬 夕方 場所:信濃国境 小谷おたり[1] 社

視点:京四郎Position


京四郎「あ、いた。千代女さーん!」

千代女「ようやく来たか」


 検問所を突破し、しばらく歩いたところにある社で、

先行していた千代女さんと合流する。


高坂「ここまで来たら安全でしょうか?」

京四郎「一応既に信濃に入っているし……安全圏だと思いたいが……」


 そう話しつつ、オレは千代女さんの方を見る。

先生、詳しくは解説をお願いします!


千代女「確かに、この辺りの北安曇にも武田の影響力は及んできている。だが、まだ立場をはっきりとしない山伏なども多く、完全に安全とは言い切れんな」

京四郎「うーん。国境付近なんて、そんな物か……」

千代女「うむ」


 喋っていて、虎姉が近くにいないことに気づく。

京四郎「あれ!?とr……高坂さん、どこ行きました?」

千代女「話の途中で何処かに消えたようだが……」


 社の反対側に行くと、虎姉が枯れ葉や枝を集めて火を焚いていた。

火縄銃部隊を率いているだけあって、着火の手際が良い。


京四郎「……って、そうじゃなくて!なんでこんな所で火なんか焚いてるんです?煙で目立っちまうじゃねぇか!」

高坂「……そうは言っても、この先は仁科の領内まで行かんと無いぞ。野営には火は付き物だろう?」


 そう言う虎姉は、己の意見に絶対の自信ありという顔だ。


高坂「それに後から来る大熊殿は、慣れぬ土地柄で不安もあろう。これならば目印にもなる」

京四郎「だ、だけどな……」

高坂「それに敵や狼などに囲まれても、火を振り回せば立派な武器になるだろう」

京四郎「た、確かに……」


 完全に言い負かされてしまっている。


千代女「諦めな、富士屋。今回は、お前の負けだ」

京四郎「ぐぬぬ……」


 こうして、オレ達は大熊さんを待つこととなった。

千代女さんは夜の警戒に当たるために、仮眠を取っている。


 日が暮れ始めた頃、急に辺りに人の気配がした。

茂みをかき分ける音からして、数は少なくない。


千代女「すまん。油断した」

京四郎「いやいや、寝起きなんて、誰でも判断が鈍りますよ」

高坂「ここは、どっしりと構えておきましょう。どっしりと!」


 やがて、その気配の正体が姿を現した。

武装した兵で30人くらいだろうか?


「たまげさせたならすまねぇ。煙が見えたすけな」


 小隊の長とおぼしき老将が声をかけてきた。

松本一帯を統治している馬場さんの所にはよく出入りするが、顔に見覚えが無い。


「かような所で人を見かけるとは思いもせなんだのでな。お主ら何者か?」

高坂「人に名前を訪ねる時は、まず自分から名乗るモノじゃないですか?」


 お、虎姉ナイス。

相手に会話の主導権を握らせまいと、上手い牽制だ。


「わ、わしか?わしは鳥坂とっさか城[2]主にして長尾家に三代仕えて参った忠臣、中条なかじょう藤資ふじすけよ!」


 忠臣って自分で言っちゃうのかよ!

というか、長尾家の家臣がこんな所でウロウロしてんのか!?


……まぁでも、今みたいに明確に境が分けられてるわけでもないし、

ましてや敵の領地だもんね。

周辺の豪族の懐柔とか偵察をしていたのかもしれない。


とはいえ、我々は武田の一党。

こちらの正体がバレてしまってはマズい。

大熊さんが、この場に居合わせなかったのも救いだ。


京四郎(ほ・れ・!・み・た・こ・と・か・!)

高坂(もっと・必死に・止めれば・良かったのでは??)


 自然と小突き合いが始まる。

敵の小隊に囲まれている時じゃないなら、微笑ましいんだが……。


中条「ふん、なんだ商人か。ここらの商人であれば、武田の事情ぐれぇ知らんのか?」


 なんだ商人かと言われては、こちらの立つ瀬がない。

ここは、一発かますか!


京四郎「なるほど、わかりました。武田の内情、教えても良うございます」

千代女・高坂「「!?」」

中条「ほう……!」


京四郎「ですが、私はあくまで商人。情報量は、たっぷりと頂きますよ?」

中条「な、何!?」

京四郎「もちろん、大金でお払い頂けますよね?後払いも無しです」

中条「く、くぅ……!」


 中条は黙り切ってしまう。

中条の目的が何であれ、ここで大金なんて持っているわけがない。


中条「ええぃ!我々の存在を知られる訳にもいかぬ。ものども、こやつ等を討ち取れィ!」


 中条の号令で配下の将兵が、一気に刀を抜く。


京四郎「結局、こうなるのか……」

高坂「煽ったのは、どこのどいつだ!」


 ……オレですね、はい。


中条「かかれィ!」


 敵の将兵が一斉に斬りかかってくるが、それよりも速く千代女さんが敵を斬り倒す。


「覚悟―!」


 こちらにも敵が向かってくる。


京四郎「し、真剣は勘弁してくれ~!」


 手持ちの煙幕を素早く投げつける。


「ぐへぇー」「う、うっ!目、目がー」


 どこぞの大佐のように敵が地面をのたうち回る。

こちらは、3分待たせてないぞ!


馬場「おぬし等、我の領内で狼藉沙汰とは、笑止千万!許し難し!」

「おおーっ!」


 こちらが息切れしてきたタイミングで、見計らったかのように馬場勢が現れる。

顔を見ずとも、その雄々しい声で信春さんの存在がわかる。


律「良かった、何とか間に合ったみたいね」

京四郎「り、律!」


 オレが苦戦していた相手の横っ腹に蹴りを喰らわせて、律が現れる。


京四郎「いや~助かったよ。虎姉と千代女さんがいても苦戦してるところでさ」

律「そーうみたいね」


 律の視線をたどると、オレの背後で虎姉がオレの竹筒の水を飲んで休んでいる。


律「……もう少し、苦戦しとく?」

京四郎「あっ、いえ……助けに来てくれてありがとうございます!!」

律「わかればよろしい」


 律は得意げになり、自然と口角が上がっている。


律「せっかくだし、もう少し敵さんを殴ってくるわ」

京四郎「!?」


 律は、よほど鬱憤が溜まっていたのだろうか?

中条隊は、それからすぐに敗走した。


高坂「結果として、煙があって正解だったでしょ?」

京四郎「……結果論だ!結果論!」



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

[1]小谷:現在の長野県小谷村。豪雪地帯でその多くを森林が占める。

[2]鳥坂城:新潟県胎内市の城。鎌倉初期には築城されていたとされる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る