21-2 第238話 甲斐善光寺、着工!

弘治二年 1556年 十一月上旬 昼頃 場所:甲斐国 甲府東方 甲斐善光寺建設予定地

視点:律Position


「かしこみ、かしこみ~」


 今、アタシの前では、お坊さんがお祓いの言葉を唱え続けている。

これは着工前の儀式のような物で、いわゆる地鎮祭じちんさい[1]である。


 坊主が祝詞のりとを唱えて神道チックな感じで進められていくのは何とも違和感があるが、隣の昌胤さん曰くこれが普通だという。

うーん、これが神仏習合ってヤツですね!


 儀礼が一通り終わると、隣の昌胤さんが話しかけてきた。

向かいのあくびを抑えきれない内藤様と違ってテキパキしている。

まさにキャリアウーマンって感じだ。


昌胤「ふぅ~終わった、終わった~。あれ?支配人さんは来ていないの?」

律「支配人……あ、ああ京四郎のことね。京四郎ならそこに……

昌胤「……いないけど?」


 アタシは向かいの京四郎がいたはずの席を指さすも、

そこは既にもぬけの殻だった。


駒井「どうやら……さっさと抜け出したようですな」

律「はぁ~、アンにゃ郎~!ま、亭主元気で何とやらって言うしね。気にしない、気にしない」

駒井「は、はぁ……」


 ポカーンとしている駒井様を尻目に内藤さんが昌胤さんに近づいて耳打ちする。


内藤「おたく、聞きました?さり気なく言ってるが、亭主だってさぁ~」

昌胤「おやおや、お熱いことですね~」

律「そこッ!聞こえてますからねェ!」

内藤「お~こりゃ、おっかね。おじさんは退散するかね」


 内藤さんは一目散に逃げ去ってしまった。

あの人、確実に京四郎の系譜ね……。


中井「地鎮祭、お疲れ様です。いよいよ、これから作業開始ですな」

律「あ、孫大夫さん。これは御丁寧にどうも」


 意図せず、向こうにつられてお辞儀してしまう。


昌胤「正直なところ、我々には寺の建築に関する知識は、ありません。孫大夫さんには色々と頼ってしまうことになります……」

中井「全然かまわへん。むしろ頼ってもらうてなんぼじゃ。宮大工の技量を見せちゃる」


 孫大夫さんは意気揚々と語る。


律「我々に何か出来ることは、ありますか?」

中井「そうやな~まずは可能な限り良質な木材を調達して欲しいな」

昌胤「木材?」


中井「例えば、杉は油分が少なめで安価で加工しやすいんやが、ある程度の年数が経つと劣化しやすくなってしまうんや」

律「へぇ~、ならば何の木が向いているんですか?」


中井「ひのきやな。あれは杉よりは加工に手間がかかるが、虫を寄せ付けず長い年月がかかれば、むしろ強度が増すんや」

昌胤「そうなんですね。さっそくヒノキを揃えさせましょう!」


 ……昌胤さん、頼もしいこと言っている気もするけど、

その運搬の仕事は富士屋ウチの仕事ですからね!?


律「他に何かすることはありますか?」

中井「後はまぁ、人手やね。こればかりは多ければ多いほどエエな」

律「それは……


昌胤「私たちの仕事ね。駒井様、近々ある出征の話とか聞いていますか?」

駒井「う~む、秋山殿の兵が三河国の武節ぶせつ城[2]を攻めるとか言う話があったかの」

律「それはつまり……?」

昌胤「甲斐本国の兵は暇ってことね」


駒井「そうじゃ、小山田と穴山にも人足を出させればよい!かの者たちは国境の備えが主で暇しているだろう」

昌胤「律ちゃん、行ってきてくれる?私、どうもあの人たちが苦手で」


 昌胤さんは手を合わせて頼み込んでくる。

別にアタシもあの人たち得意じゃないんだけど……。


律「え~もう、しょうがないな~。アタシが行きます」

昌胤「やったー!律ちゃん大好き!」

律「これは貸しですからね。いつか返してもらいますから」


昌胤「五日なら昨日だよ」

律「そのジャナーイ!」



▼▼▼▼

翌々日 


 アタシは人手を借り受けるために、小山田と穴山の領地を目指した。

留守中の運営は、タツ君にお任せである。

ありがとうタツ君。今月の給与は気持ち大目にしておくねっ!


有誠「お疲れ様であります!」

律「お久しぶりです!」


 小山田領では有誠さんが出迎えてくれた。

有誠に事情を話すと、二つ返事で依頼を引き受けてくれた。


有誠「なにせ、先代信有様が亡くなられた時にはお世話になりしたからね」

律「あ、ありがとうございます!」


 解決したのは京四郎だけど……。

まっ、いっか……。


○○○○

 苦戦したのは穴山の方だった。

外出していた信友を城門のところで待ち伏せで来たので、

すんなりと面会できたが、それからが面倒くさかった。


信友「ほーう、富士屋の姉ちゃんか。悪いけど今は忙しい。用件だけ言って帰ってくれ」


 こちらの言うことをまともに聞く気があるのかと疑いたくなるほど、

信友は目も合わせずに馬上のくらあぶみを片付けている。


 このままだと、らちが明かない。

そこでタツ君から聞いた秘密兵器の登場である。


律「そうですか~忙しいのですか~。残念だなぁ~せっかく当店自慢の葡萄酒ワインを持ってきたのになぁ~」


 風呂敷からチラリとボトルを見せる。


信友「なんだ、そういうことはもっと早く言いやがれ」


 さっきまでの態度が嘘のように丁重に扱われる。

屋敷へと通され、水まで出される厚遇ぶり(?)だ。

たぶん、この水は金を取られないはず。


信友「なるほど。善光寺建設のために人手が欲しいと」

律「そうです」

信友「葡萄酒までもらっておいてなんだが……当家の領内には日蓮宗の身延みのぶ山[3]があってだな……」


 アタシが贈呈したワインをあおりながら、信友のゴネが始まった。

酒に弱いのはいいが、酔い潰せないのは面倒だな~。


律「わかりました。人足を供出する代わりの代案がございます」

信友「本当か!?そりゃあ、助かる」


 信友は赤ら顔で、こちらの話に興味を見せる。


律「人足の代わりに働き手を雇う分の金を頂戴いたします。そうすればそれで良しとしましょう」

信友「う、うーむ……」


 それを聞いた信友は、そのまま黙り込んでしまった。

三分ほど考え込んだ末に、口を開く


信友「……やっぱり、人の方でいいか?お金もったいないし」


 結局、人手の方にするんかい。

け、ケチだなぁ~。


 ともあれ、これで話はついた。


律「お聞き入れ頂き、アッりがとうございました~!」


 こうして、アタシは小山田と穴山の説得に成功したのである。



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[1]地鎮祭:工事の着工の際に無事を祈るために行われる儀式。現在は神道式が主流。奈良時代の『日本書紀』には既に記述がある。

[2]武節城:現在の愛知県豊田市の山城。今川に反抗的な氏族が治めており、出兵することとなった。

[3]身延山:日本仏教の三大霊山の一つ。日蓮宗の総本山である久遠くおん寺が存在し、門前町が栄えた。

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