11-8 第147話 犬好きに悪い人はいない?
天文二十二年 1553年 二月上旬 午前 場所:甲斐国 甲府 富士屋
視点:律Position
「ワン、ワゥン!ワンワン!」
店先で智様からもらった甲斐犬が吠えている。
てっきり通行人に飛びかかろうとしているのかと思って、アタシは慌てて飛び出る。
律「す、すいません。よく吠える子で……」
女性「よしよし、いい子だ。いい子だ。」
一人の長身の女性が、犬と
ローブのような上着を羽織った彼女は、普段は警戒心の強い甲斐犬を
女性「この子の名前は?」
律「アドミラルです」
女性「あ、あどみりゃる?妙な名前だね」
無理もない。
京四郎がカッコイイ名前にしようと言って、名付けたのだ。
女性「やはり、犬は良い。裏切ることなく、いつも人の目を真っすぐと見つめている」
律「は、はぁ……」
この方、なかなか闇の深そうな発言をなさる。
女性「ところで……、私は何をしに府中(甲府)に来たのだろうか?」
律「知りませんよ!」
女性「いや、すまないねぇ。犬をかわいがっていると、つい色々と忘れてしまうんだよ」
京四郎「わかります。貴女の気持ち、わかります(五七五)」
……この男はこの男で、悠長に俳句なんか読んでるし……。
女性「ああ、ようやく思い出したよ。躑躅ヶ崎館に行かねばならぬのであったわ」
京四郎「道案内、必要ですか?……と言ってもこの通りを真北に行くだけですが」
女性「説明、助かるよ」
京四郎「構いません、犬好きに悪い人はいませんから」
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同日 正午 場所:甲斐国 甲府 躑躅ヶ崎館
視点:高坂昌信
智様「何ィ、北条からの使者だとッ!?」
高坂「ええ、急な来訪でしたが……」
廊下を歩きながら、二人は言葉を交わす。
智様「今は、信廉兄上は不在だぞ」
高坂「ひとまず、信繁様に使いを走らせています!」
智様「いいだろう」
少しして、信繫様が館に到着する。
高坂「信繫様。対面の間にて、使者様がお待ちです」
信繫「わかりました」
こうして、信繁様と外交担当の駒井様と共に部屋へと入る。
中に控えていたのは、上着をまとった妙齢の淑女のようだ。
歳は三十過ぎくらいだろうか?
信繫「すいません。お待たせしましたか」
女性「いえ、急に押し掛けたのは私です。ご容赦を」
信繫様が上座に座る。
女性「お初にお目にかかる。
信繫「武田信繁にございます。兄上不在により、代わりに応対させて頂きます」
太田資正「本日、参ったのは氏康……様より、氏親様死去に伴う婚約のやり直しについての起請文を預かった次第」
高坂「預からせて頂きます」
太田殿から起請文を受け取って、信繫様に渡す。
信繫「ふむ……確かに受け取りました。ところで……太田殿と言えば、かつては上杉家の重臣のお方だと聞いていましたが……?」
資正「今は、北条に仕えております。武田義信様と今川の婚礼は、上首尾に終わったようですね。」
さすがは、北条家からの使者。
ピリピリと空気が張り詰めている。
資正「いやはや、羨ましいことですねぇ……。今川と北条にも婚礼の話があるのですが、
信繫「ははは、どこも似たようなものですな」
高坂「ご、御使者殿。北条の内部の話をよろしいのですか!?」
資正「構いませぬ。小山田
駒井「の、信有殿に!?」
この太田殿。相当の食わせ者だ。
信繫「太田殿。北条の矛先が武田に向くことは、ありませんか?」
資正「……氏康の頭の中までは、わからぬが……。
さっき言っていた、今川との婚姻同盟の話とも矛盾しないし、太田殿の話には真実味がある。
信繫「信じてよろしいのですね?」
資正「もちろん。あくまで私の存念を述べただけ故」
しっかりと逃げ道を作りながら、北条の情報を意図的に流す……。
彼女が内心で何を考えているかは不明だが、武田が村上攻めに専念できそうなのは事実だろう。
「ワン!ワォン!」
智様「あ、こら!待てッ!」
対面の間に、智様の甲斐犬が乱入する。
資正「おー!よちよち。いい瞳してまちゅね~」
……やっぱり、考え過ぎだったか?
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[1]岩付:現在のさいたま
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