11-7-2 第146話 かような所に信長様が、おられるはずがない!

天文二十二年 1553年 一月中旬 夜 場所:甲斐国 甲府郊外 旅館『甲富屋』

視点:京四郎Position


又左「それにしても夜だってのに、この部屋は妙に明るいですね」

三郎「そうだな。蠟燭ろうそくや油皿では、ここまで明るくなることは無かろう」

又左「それより信n……三郎様。温泉入らないんですか?ええ湯でしたよ~」


 又左さんは興奮気味に、三郎さんに話しかける。


京四郎「湯加減は、いかがでしたか~?」

又左「あ、旦那!良かった、良かったよォ~。もうスッベスベで最高!」

京四郎「それは何よりです。よろしければ、風呂上がりの牛乳、召し上がりますか?」


三郎「飲むッッ!!!!!」


 又左さんよりも、三郎さんの方が食い気味に反応した。


三郎「……んくっ……んくっ……。ぷはー。ウマいな、コレ!」

又左(まさか、信長様以外にも牛乳を飲む人がいるとは……。しかも商品化している!?)

京四郎「そちらのお客さんは?」

又左「い、いえ……、結構です!」


 又左さんは、全力で拒絶する。


又左「甲斐では、牛乳をよく飲むのですか?」

京四郎「国中全員が飲むわけではありませんが、よく飲まれる方もいますよ」

三郎「ほっ、ほう……。さすがは武門の誉れ高き、甲斐の民!」


 あっという間に牛乳を飲み干した三郎さんは満足げだった。


▼▼▼▼

翌朝


 昨日は降り続いた雪も、すっかりと降り止んだ。


京四郎・竜「「いってらっしゃいませ!」」

又左「おう!」


 お客さんのチェックアウト後は、もちろん笑顔で、お見送りである。

この後は茶器を売れないか、武田の人達にかけあってみるのだと言う。


竜「ホントに、あの人たち商人ですかね?」

京四郎「何か怪しいところがあったか?」

竜「いや、お供って宿帳に書かれてた三郎さんの方が、良い刀をお持ちだなと思って……」


 確かに商人でも、護身のために刀は持ち歩く。

だが、あまりに不釣り合いな刀だったと言うのだ。


京四郎「よほど稼いでいるんじゃないか?」

竜「京四郎さんも、名刀を買えるくらい稼いでくださいね」

京四郎「が、頑張ります……」


 名刀を手に入れた所で、まったく刀が扱えないので無用の長物になりそうだが……。



○○○○

同日 午後 場所:甲斐国 甲府 富士屋


 旅館から店に戻りボーっとしていると、三郎さんと又左さんが来店した。


京四郎「おっ!どうでしたか?茶器は高値で売れましたか?」

又左「それが……御屋形様は、たいそう気に入られたのだが家来に止められてしまってな……」


 ……御屋形様ってことは、信廉さんか。

あの人、骨とう品とか好きそうだからなぁ~。無理もない。


三郎「清州焼の名物なのは事実であるし、見る目はあったのだがなぁ……」


 三郎さんは、残念そうに話す。


京四郎「それで、またご来店いただいたご用向きというのは……?」

三郎「また牛乳を飲みたくなってな。今あるか?」

京四郎「ええ、少しばかり……。京乃介さん!牛乳を一人分持ってきてもらえます?」

京乃介「わかりました」


 京乃介さんが奥から、持ってきてくれる。

三郎さんは、早速それを口にする。


京四郎「気に入られましたか?」

三郎「うむ。美味」

又左「個人的には、微妙です」


 ……乳製品ももっと売れると楽なんだけどなぁ……。


三郎「馳走ちそうになった」


 三郎さんと又左さんが店を出ていった数分後に、律が小田原から戻ってきた。


律「あれ?お客さん?」

京四郎「ああ。旅館に泊まってた人。尾張の三郎さんと又左さん」

律(尾張の又左??ま、まさかね……)


 そこへ又左さんが、慌てて店に戻ってきた。


又左「すいません、忘れ物しやした」


 確かに、風呂敷包みが置かれていた。


律「お気になさらず。……前田様」

又左「!?」


 又左さんは一瞬、驚いたような顔をしたが、そのまま店を出ていった。


律「やっぱり……。尾張の又左と言えば、前田まえだ利家としいえ[1]だもんね~」

京四郎「前田って言えば、加賀かが[2]百万石の?」

律「そ。でも前田利家が、何でまた甲斐なんかに……」



●●●●


三郎「面白き旅だったな。たまにはこうして全てを忘れてたいものだな!」

前田利家(又左)「もう、勘弁してくださいよ……。こっちは気が気じゃないんですから……」

三郎「すまん、すまん」


 三郎、本名は織田信長。

彼の甲斐へのお忍び旅は記録には残されていない。

だが、その代償を老臣、平手ひらて政秀まさひで[3]の死と言う形で払うこととなったのである。



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[1]前田利家:織田家臣。後の豊臣五大老の一人。1539年生まれ。信長に小姓として仕え、1552年の萱津かやづの戦いで初陣を飾っている。正室まつを嫁に迎えるのは、これから5年後(1558年)のことである。

[2]加賀:現在の石川県南部。

[3]平手政秀:織田家家臣。信長の教育係。1492年生まれ。織田家と斎藤家の婚姻を取りまとめている。1553年初頭に自害。

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