11-3 第141話  輿入れなので、本腰入れます

天文二十一年 1552年 十一月下旬 午後 場所:甲斐国 甲府 富士屋店内 

視点:律Position


 早い物で、もう今川からの輿入れの時期になった。

宿や旅館の整備もなんとか終えることが出来た。


律「今頃、行列は駿府を出発した頃でしょうか?」

高坂「予定では、二十二日に駿府を出発することになっているな。駒井様と穴山様が迎えに行っている」


 虎姉が律儀に教えてくれる。


高坂「これも今川に嫁がれた定恵じょうけい院様のえにしあってのこと。こうして今川との関係は、より深まるでしょうね」


う~ん。

後年、武田が今川を滅ぼすって知ってるから、何とも複雑ねぇ……。


▼▼▼▼

十一月二十七日 午前 場所:甲斐国 甲府


 駿府からの輿入れ行列は五日をかけて、甲府に入って来た。

京四郎と二人で、その光景を眺める。


京四郎「お~、やっぱり行列ってスゴイな」

律「お輿の数もこれで十二個目よ。やっぱり気合入っているわね」


 富士屋としても、姫のお付きの人達の駄馬を供出しているので無縁ではない。

「お金が出るなら!」とお龍が借りてきた猫のように大人しく随行しているのが笑える。


跡部「今回の行列。武田は八百五十人を随行させていますからね」

京四郎・律「「うわっ、で、出た……」」


跡部「長持ながもち[1]は二十個。駄馬は百。今川にとっても至れり尽くせりの出迎えになっていますから!」

律「は、はぁ……」


跡部「そして、これです」


 跡部様から手渡されたのは名簿表。


跡部「今川からの同行者五十名の名簿です。宿の手配をお願いします」

京四郎「あー、はいはい」

律(できれば、もっと早く伝えて欲しかったな……)


 平次くんに伝達役を頼みながら、宿を割り振っていく。


跡部「今川の重鎮は、岡部おかべ元信もとのぶ[2]様・蒲原かんばら氏徳うじのり[3]様のお二人じゃ。くれぐれも粗相なきよう……」


京四郎「承知しております」

律「もちのロンです!」

跡部「くれぐれも頼むぞ」


 それだけ言い残すと、跡部様は去って行った。


京四郎「言うだけ言って、消えたな」

律「これが虎姉さんとか甘利様だと、会話のランディングが上手いんだけどねぇ……」


 ボヤいていても仕方が無いので、アタシたちも旅館に向かう。


○○○○

同日 夕方 場所:甲斐国 甲府郊外 旅館『甲富屋』


京四郎・律「「お、お待ちしておりました!」」

中年の男「うむ。蒲原氏徳であるゥ!」


 蒲原さんは下馬して建物の中へと入ってゆく。


女性「貴方が宿の主人ね?」

京四郎「は、はい!」


 続いて到着した長髪の女武者に声を掛けられる。


律「もしかして、貴女が岡部様ですか?」

岡部「ええ、そう。今日は……よろしくね」


 それからというものの、二人への接待で忙しかった。

風呂の管理に、馬の世話、床の用意エトセトラ……エトセトラ。

夕食には、富士屋名物そばを召し上がってもらうことにした。


竜「姐さん、姐さん!岡部様が呼んでます」

律「はいはい」


 いったい何の用だろうか?

まさか蕎麦がのどにつっかえた……とか?


 心配で、つい足が速くなる。

部屋の前に着いたとたん、ふすまをスパーンと開ける。


律「今、参りました!蕎麦ゲホゲホしてますか!?」

岡部「ゲホゲホはしてないわ。呼んだのは、別の用」

律「ふ~。良かった」


 ほっと、胸をなでおろす。


岡部「実は……

律「実は……?」


岡部「武田家に仕官したい。誰か紹介してくれない?」

律「は、はいーーーーーー!?」


 せっかく落ち着いた心臓が、またバクバクし始めてしまった。



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[1]長持:衣装や寝具が収納された木製の箱。嫁入り道具の一つ。

[2]岡部元信:父の代からの譜代の今川家臣。生年不明。対織田戦で活躍している。

[3]蒲原氏徳:今川家庶流。生年不明。蒲原城主。

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