11-4 第142話  採用どうしますか?

天文二十一年 1552年 十一月下旬 夜 場所:甲斐国 旅館『甲富屋』 

視点:律Position


岡部「武田家に仕官したいの。誰か紹介してくれない?」


 今川家からの嫁入りに際して、岡部さんを接待中に呼び出されたかと思えば、

まさかの転職話である。


律「まぁまぁ、落ち着いてください。今宵は飲み過ぎてしまったのではないですか?」

岡部「あいにく、まだ酒は口にしていないわ。ほら」


 確かに徳利とっくりには、栓がされたままだ。


岡部「最近の今川では、あまり戦をしませぬ。ほとんどがはかりごとで終わってしまって、合戦をしたとしても松平勢が果敢に攻めてしまって我らの出番がない」

律「は、はぁ……」


 確かに最近、今川家での戦というのは聞かない。

馬借で駿府に出入りしている人たちからも、そういった類の話は聞いていない。

それこそ以前、三河に偵察に行った時くらいかもしれない。


律「でも味方の犠牲が少なくて済むのは、いいことなんじゃないですか?」

岡部「上の者にとっては、ね……」


 岡部さんはようやく、盃をあおる。


岡部「だけど、手柄を立てるには結局合戦しかないの。今の今川家はぬるま湯状態」

律「その点、武田は違いますか?」

岡部「ええ。いつの間にか、信濃の大半を支配下に治めているじゃない。馬場殿や飯富隊の武名なんてよく耳にするわ」


 上田原や戸石城での重臣の討ち死を知っているアタシからすると、複雑だ。

でも、戦場らしい戦い方をしているとも言えるかもしれない。


 岡部さんが、わりとマジトーンなので切りのいいところで、一旦退出。

京四郎に相談しようと思ったが、どうやら他の宿屋に状況確認に行ってしまって不在だ。


竜「姐さん。ひとまず、客将扱いってことにして話を通してみては、いかがでしょうか?」

律「それで今川が、何か言ってこないかな」

竜「落ち着く時間が必要なんじゃないですか?あの人には」


 冷却期間ってことか……。

確かに時間が経ってから、考え直すことってあるわよね。


律「誰に相談したらいいと思う?」


 ……って、タツくんには武田家内部の事なんて……。


竜「そうですね……。やっぱり家老の人達が扱うべき案件だと思います。具体的には飯富虎昌辺り……」

律「家老って言うと板垣様は?」

竜「あの人は駄目。父親を慕っていた家臣たちに支えられているのがやっと。家臣の面倒見は良くない」


竜「虎昌より先に昌景さんに話を通しておくといいと思いやす。あの人なら岡部さんと気が合うでしょうね」

律「……。仰せのままに!」


 ここはタツくんの案に、全乗っかりします!


 結局、岡部さんは駿河に帰る途中で、こっそり今川家の列から離脱。

しばらく、甲府で過ごすこととなった。



▼▼▼▼

十二月中旬 場所:相模国 小田原 


京四郎「はい、小田原~!」


 京四郎は、テンション高めに叫ぶ。


律「だいたい予想ついてるけど、奏お姉ちゃんに呼び出された?」

京四郎「は、はい……。『石鹸の製造方法を教えてやった借りを返せ~』って手紙で来いって……」

律「住んでるとこ、隣近所じゃないんだから……」


 矢神邸に到着して、例の非電動エレベーターで階下に降りる。


矢神奏「久しぶりね。急に呼び出して悪かったね」

律「まったくで……

京四郎「いえ、とんでもございません」

律「………………」


律「それで、呼び出すほどの要件とは?」

奏「実は、とある人を引き取って欲しくてね」

京四郎「とある人……?」


奏「真里谷まりやつ信高のぶたか[1]って名前の人なのだけれど」

律「そのマリオツ?さんが、なんでアタシたちに?」

奏「なんでも真里谷って家は、武田家の庶流らしくて……」


 ……ま~た、武田の庶流かい。


奏「かわいそうな人なのよ。去年に叔父が亡くなった後、里見に攻められて一族郎党滅ぼされちゃって、うの体で逃げてきたのよ」

京四郎「なるほど」


奏「ワタシが面倒を見てもいいのだけれど、あなた達の方が相応しいと思って」

律「そ、そうですか……」

奏(正直、研究に専念したいし……)


京四郎「わかりました。雇います」

律「えっ!?」

奏「助かるわ。これぞ助け合いってやつね」


 奏お姉ちゃんは、右目でウインクする。


律「いいの?安請け合いしちゃって」

京四郎「小田原の駐在員としてぴったりじゃないか?」

律「それはそうね」

京四郎「そして、初の史実上ネームドの部下だし!」



○○○○○○○○

現代 埼玉県さいたま市 坂本邸


坂本「このマリヤツ何とかって人は、有名なのか?」

侑「無名です。なんならウィキペディアにも載ってませんよ」

坂本「oh………………」



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[1]真里谷信高:上総の戦国大名、武田家の庶流の真里谷氏の遺児。生年不明。

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