11-2 第140話 ホテルって語源はフランス語らしいですよ

天文二十一年 1552年 十月下旬 午後 場所:甲斐国 甲府 富士屋店内 

視点:京四郎Position


京四郎「それで……ホテル経営だけど、どうしよっか?」

律「残念だけど、知識に関してはアンタと変わらないわ……」


 律は、ヤレヤレといった素振りをする。


律「ヒストリカルな意味でアタシが知っているのは、旅籠はたごなんかね」

京四郎「あ~。時代劇とかに出てくるヤツね」


 江戸時代に入ると、参勤交代により街道が整備されて、その周りに宿も軒を連ねるようになった。

……が、今は戦国時代である。


律「そういう京四郎は、どうなのよ?何かホテル経営のヒントになりそうなこと、知らないの?」

京四郎「ナチスドイツは、ラブホみたいな所で諜報活動をしていたと聞いたことがあるなぁ」


律「……それが何かヒントになりそう?」


京四郎「……なりません、はい。後はココ・シャネル[1]が同じホテルに約30年滞在してたとか、ニコラ・テスラ[2]が晩年の十年間はホテル暮らしだったとか……」

律「それくらいの長期滞在客が出来ればいいわね……」


 もはや、律はロクな答えを期待していないようだ。


京四郎「あ~、そういえば。キャラバンサライはどうだ?」

律「何それ?知らないわね」


京四郎「キャラバンサライ。日本語に訳すと隊商宿。この施設はアラビア世界において、長距離交易を行う商人向けに作られた宿だったのさ」

律「行商人をターゲットにした宿っていうのは悪くないかもね。それ、採用」


京四郎「ありがとうございます。ボス」

律「誰がボスよ!……まったく」


 甘利の報告によれば、甲府には宿屋は三軒ほどしかないと言う。

どれも立派な建物とは言えず、用途として言えばビジネスホテルが近いだろうか。

残念ながら、部屋どころか建物にすらシャワーや浴場が無いが……。


律「まぁ、その分だけ宿賃が安くなるんだし、たくさん利用してもらえないと困るわね」

京四郎「そうだな。だけど、とてもじゃないが……接待には不向きな建物だな」

律「また銭湯と名湯の時みたいにするしかないわね……」


 甲府郊外にあった屋敷を改装することで、接待用のホテルとすることにした。

これに馬房付きの宿、ビジネスホテル的な宿、その他一件の計四つが甲府のホテルとなる。

さっそく改修工事に入ろう。


▼▼▼▼

十一月上旬 午前 場所:甲斐国 甲府 とある改修中の宿


 律と手分けして、まささんと視察中である。


まさ「今回は、従業員を雇ったりする手間が無くて楽ですね」

京四郎「そうですね。あくまで相談役として関わっているだけだから、収益などに関しては基本関与しないことになります。」


まさ「直接儲かる訳でもないのに、律儀ですね」

京四郎「商人司ですからね。それに商機というのは、いつどこに転がっているかわからない物だと思います」

まさ「うふふ。もうすっかり商人ですね」


 商売人として先輩の人に認めてもらえるのは、やっぱり嬉しい。


京四郎「こうやって物が出来ていくのを眺めるのが、好きなんですよね。ほら音だけでも楽しげに聞こえてくるじゃないですか?」


 カーンカーンとつちの音が甲府の城下に鳴り響いている。


まさ「あ~、わかります。……でも宿屋の音だけじゃないですけどね」

京四郎「細かいことは気にしないでください……」


 今川の姫様を迎えるために、躑躅ヶ崎館では西の曲輪に館を増設なのだ。


京四郎「今日は、このまま昼寝でもするか~」

まさ「ダメですよ。接待用の方の確認をしに行かなければならないんですから」


 気のせいかもしれないが……達五郎さんと結婚後、母親らしさが強まった気がする。

さすがに妙さんみたいに、母性のかたまり~ってワケではないけど。


まさ「名前はどうするんですか?屋敷を改修中のやつ」

京四郎「そうだな~。ホテル……


まさ「火照ほてる!?何だかイヤらしい名前ですね。ふふ……」

京四郎「あっ、いや!違う違う……。そうじゃない、そうじゃない!」


 結局、旅館『甲富屋』と言う名前になった。

甲州の富士屋……。頭文字を取っただけである。


律「もうちょっと冒険した名前でも良かったんじゃない?」

京四郎「例えば?」

律「………………

京四郎「思いつかないんかい!」



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[1]ココ・シャネル(1883~1971):フランスのデザイナー。香水のシャネルNo.5などで知られ、日光浴を流行させたことでも知られる。ドイツの将校と関係を持ったこともある。

[2]ニコラ・テスラ(1856~1943):セルビア出身の発明家。変圧器(テスラコイル)など生涯で300あまりの特許を取得した。エジソンとのライバル関係でも知られる。

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