第十一章 ホテル、開業します! 1552年10月~

11-1 第139話  宿屋、やどや

天文二十一年 1552年 十月中旬 昼頃 場所:甲斐国 甲府 躑躅ヶ崎館 

視点:律Position


智様「富士屋に、府中(甲府)の宿屋の管理を任せたい」

律「えっ……」京四郎「は……っ?」


 智様に今日も躑躅ヶ崎館に呼び出されて、開口一番にコレである。


京四郎「やどや……宿屋?」

律(二回言ったな……)


甘利「実は……来月に今川より義信様に姫が嫁いで来られる」

律「なるほど、そのお付きの人達の宿が必要と言うことですね?」

智様「そういうことだ」


信繫「他にも公卿や他国からの使者が滞在することもあろう。少しでも武田の印象を良くしたい」

京四郎「なるほど、なるほど」


 要は接待に協力して欲しいと言うことか。

銭湯での普段のおもてなしが評価されているというのもあるかもしれない。


京四郎「ちょっと、すいません」


 京四郎は、アタシの袖を引っ張って庭に連れ出す。


京四郎「この宿屋の話どう思う?」

律「どう思うって聞かれても……アタシ、宿屋とか経営したことないし……」


 高校生でホテルを経営している人なんて普通は……いないだろう。

老舗旅館の跡取り娘じゃないんだし……。


律「そういう京四郎は、どうなのよ?」

京四郎「オレは受けるべきだと思う。宿屋自体は元々甲府にあるし、温泉や料理屋との相性もいい」

律「それはそうね」


 いわゆる相乗効果ってヤツだ。


律「行商人とか泊まってくれたら、品物の仕入れや情報収集も楽になるわね」

京四郎「それは言えてるな」


 アタシたちにとっても悪い話ではない。

仕入れ交渉や行動範囲には限度がある。

鴨がネギを背負って来るならば、願ったり叶ったりだ。


 二人で智様のところに戻る。


京四郎「この話……

律・京四郎「「受けさせて頂きます!」」


智様「そうか、やってくれるか」

甘利「言ったじゃないですか。松本ならば喜んで引き受けてくれると!」

信繫「来月の下旬には、嫁入り行列が駿府を出発する。急ぎ働きになってしまいますが、よろしく頼みます」


 信繫様が深々と頭を下げる。


律「それでは早速、取り掛かります」

智様「うむ。甘利たちと協力して事を進めよ」

京四郎・甘利「「はっ!」」


 アタシたちは、館を後にしてすぐに現場へと向かった。



▼▼▼▼

少し後 場所:甲斐国 甲府 躑躅ヶ崎館


 三人が去った後、少ししてから山本勘助が現れた。


智「おお、勘助。富士屋は、宿屋の管理を引き受けてくれたぞ」

勘助「そいつァ、良かった」


信繁「勘助が申した通り、間者や他国の者の動向を監視するのには、信頼が置ける者に任せなければなりません」

勘助「律の話を聞いていて思ったんだァ。寺や空き家、武田の家臣の家に泊まられてしまっては、何をしているかわかりっこねえ……」


 律の話では京に長尾の拠点があり、そこを起点に外交工作を行っているという話だった。

武田家中でも高遠が敵方と文書のやり取りをしていたばかりだ。


智「宿が整備されていれば、わざわざ泊まらない不逞ふてい者は特に怪しいということになるな」

勘助「へぇ。もちろん完全に防げるとは限らねぇが、饗応きょうおうでも使えるなら……やらない手は、ありませぬな」


智「まさに、ウィンウィンとやらだな」

信繫「う、ういんうぃん?」


智「京四郎から教わった、双方に利益がある関係のことをそう呼ぶらしい」

勘助「へ、へぇ~」


信繫「……なんだか変な語感です」

智「それが良いんじゃないですか!」

勘助「そういうものですかねぇ……」


 残念ながらウィンウィンという言葉は、言語の壁には勝てなかったようだ。



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