10-8 第138話  巡り合わせ

天文二十一年 1552年 十月上旬 午後 場所:甲斐国 甲府 富士屋 

視点:律Position


律「やっほ~ただいま~」

京四郎「おかえり、無事でよかった」


 京都・堺への旅路から店に戻ると、京四郎が出迎えてくれた。


京四郎「今回も明智さん、会った?」

律「会ってないわよ!はい、これ戦利品」


 アタシは、京四郎に手に入れた種を見せる。

金時ニンジン、カブ。それにキュウリだ。


京四郎「お~、いいねぇ!どうしても手軽に入る野菜は、土気色の物が多いからなぁ~」


 京四郎は、素直に喜んでくれる。

さすがに南米やヨーロッパ原産の物は手に入れられなかったが、ひと安心だ。


京四郎「これは?」

律「ああ、これ……」

又八「これは、私たちが手に入れた日野菜ひのな[1]ってものらしいです。カブの一種?らしいです」


 一刀さんと堺に行っている間に、近江おうみ[2]で手に入れた物らしい。


京四郎「それで……ワインについて何か聞いてきた?」

律「あー、それなら……」


律「直接聞いた方が良くない?」


 アタシは、外にいたセサールさん一行を店内に案内する。


京四郎「……まさか甲斐まで連れて来たのか?」

律「あはは……。百聞は一見に如かず……ってやつ?」


セサール「どうも、セサールです。イスパニア出身の宣教師だ。お見知りおきを」

京四郎(めっちゃ流暢に、日本語喋るなぁ。日本大好きな外国の映画俳優かよ)


ルクレシア「ルクレシア。よろしく」

京四郎「え~っと、セサールさんのアモーレ?」


 本当は、ワイフって言おうとしたんだろうなぁ。


セサール「HAHAHA。確かにアモーレかもしれませんね。ま、言っておくと彼女は妹だよ」

律「あ、妹だったんだ」

京四郎「知らなかったのかよ!」


ミケロ「………………」

京四郎「…………」

律「……」


 軽く会釈をしてミケロさんの紹介は終わった。


京四郎「……しかし、武田家の方々が許してくれるかね?」

律「う、う~ん……」



▼▼▼▼

場所:甲斐国 甲府 躑躅ヶ崎館


智様「え、いいよ。許可する」

律「いいのかーい」


 あっさりと居留許可は下りた。

船で追加の異国人がやってくるわけでもないのは確かだ。


智様「宗教勢力は力を持ちすぎても困る。互いが程よく牽制しあって丁度いいくらいだ」

信繫「とは言え……南蛮人ともなれば文化・習慣は、まったく違うだろうし配慮はすべきだ」


 話し合いの結果、セサールさん達は甲府における布教は許されなかった。

甲府の城下町には寺社が多いので、揉め事を避けるためである。


智様「あ、私は耶蘇教(キリスト教)には帰依しないぞ」

京四郎(そりゃあ、諏訪明神とか掲げてますからね……)


 ジャンヌダルクのごとくキリスト教の旗まで旗印にされたら……。

想像するだけでカオスすぎる。


京四郎「ところで今日、館に参上したのは他にも理由がありまして……」

智様「犬のお礼か?」

律「ちがっ……いや、それもありますけど……」

京四郎「これです」


 リュックから取り出した包みの中身は、トーレスさんから受け取った横笛だ。


京四郎「智様か信繫様、笛について詳しかったりします?」

信繫「いや、正直あまり……」

智様「私に聞くよりも、もっと詳しい専門家がいるぞ。三条の方様だ」


 さっそく女中が、三条夫人を呼び出しに行く。


三条夫人「お呼びでしょうか~」


 夫人は横笛を目にすると、涙ぐんでしまった。


三条「これは……これは、とと様の横笛にござりまする……」


 ……ということは、三条公頼様の形見ってことね。

ザビエルさんが山口にいる時に、手に入れた物なのかもしれない。

さすがザビエルさん。これぞ神通パワー。


智様「しかし、公頼様がそのようなことに遭っていたとは……」

信繫「また甲斐に来ていただきたかったですね……」


 しんみりとした空気の中で、その日は終わった。


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[1]日野菜:滋賀県日野村原産のカブの一種。この地を治めていた蒲生がもう氏によって栽培が奨励された。公家や天皇にも気に入られた。

[2]近江:現在の滋賀県。

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