10-5-2 第135話  食わせ者

天文二十一年 1552年 九月十五日 午後 場所:堺 武野邸 茶室 

視点:律Position


松永「あ、長尾景虎様…………のご家来の直江なおえ景綱かげつな[1]様でした。すみませんねぇ~、私としたことが」

律「け、家来~!」


 紹鷗さんの茶室で、いかにも景虎本人が来ているかのように言うので信じかけるところだった。

フェイントに引っかかってしまい、思わず松永さんを小突く。


松永「しかし、その反応。やはり武田と長尾の仲は、よろしくないようですね?」

律「うぐっ……」


 今のところは、表立って戦ってはいないが、累ちゃん……もとい斎藤朝信の通告を考えれば、敵対関係にあるのは違いない。


松永「今回は、景虎本人は来なかったが……。恐らく遠からず上洛するのではないか?近江おうみ六角ろっかくにも根回ししているみたいですし」


 事実、人生において上洛することが無かったとされている武田信玄に対して、上杉謙信は二度ほど上洛したことがある。

それに直江と言えば、愛のかぶとの人でも有名な上杉家重臣の家柄だ。


松永「長尾は京に屋敷を構えて、そこに出入りする商人を通じて利益を得ています。そして、その金を朝廷や幕府にバラまいている。今年には官位までもらっていますよ」

律「し、知らなかった……」


 でも海路が使える越後の人は、楽に京都に入れるのも事実だ。


松永「だから、武田も早めに京に拠点を作るべきなんです。将軍様は長尾に好意的だし、長慶様も小笠原には気を使っている」


 武田にとっては、三条パパが亡くなったのもデカい。


律「松永さん、誰かいい人を知ってます?」

松永「うーーーん。将軍様に仕えておられる武田 藤信ふじのぶ[2]様は如何いかがか?アレも武田の一門には違いあるまい」

律「な、なるほど……」


 悔しいけれど、理路整然と語る松永さんには説得力がある。

武田の外交・諜報にも関わってくることなので、アタシの一存では決められないが。


……でも、松永久秀だからなぁ~。

まぁ、甲斐に戻って相談しよう。


松永「どうです?これから飲みに行きませんか?」


 懲りずにまた誘ってきたけど丁重に、お断りしました。


▼▼▼▼

翌日(九月十六日)  場所:堺


 松永さんとの茶席が終わった翌日、アタシは武野さんから紹介された建物に向かっていた。

そこでは南蛮の宣教師たちが暮らしているという。


 南蛮の宣教師と言えば、去年一月に京都で会ったザビエルさんだ。

もしそこにいれば、話が早く進むに違いない。


南蛮館で出迎えてくれたのは、コスメ・デ・トーレス[3]と言う人だった。


律「は、ハジーメマシテ。アタシ、ザビエールのシリアーイ。ザビエルさんイル?」


 もはや、スペイン語では無い。ただの日本語だ。


トーレス「ざ、ザビエル。イナイ。中国イッタ」


 身振り手振りでトーレスさんも答えてくれる。


トーレス「デモ、律とキョ―シローのこと、ザビエルからキイテル。これワタシテくれッテ……」

律「ぐ、グラシアス……」


 トーレスさんから手渡されたのは、日本の横笛である。

よくわからないが、ありがたく受け取っておこう。


律「それで、本題に入りたいのですが……

トーレス「マッテください。モット日本語ジョウズな人います。セニョール、セサール!」

男「はいはい。何でしょうか?」


 現れたセサール(?)さんは驚くほど、日本語が流暢りゅうちょうだった。



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[1]直江景綱:長尾家家臣。与板よいた城主。1509年生まれ。景虎の父、長尾為景の代から仕えた家老。愛の兜で有名な直江 兼続かねつぐは彼の娘婿。

[2]武田藤信:庶流京都武田家の人物。足利義輝に奉公衆として仕えた。

[3]コスメ・デ・トーレス:スペイン出身のイエズス会の宣教師。1510年生まれ。ザビエルと共に訪日。日本を去ったザビエルの意思で、自分たちが日本文化に適応することで布教に成功していった。

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