10-5-1 第134話  松永久秀の告白

天文二十一年 1552年 九月十五日 昼頃 場所:堺 

視点:律Position


一刀「それにしても……いつもこの街は、うるせぇですな」

律「……そうね。京よりも遥かに賑わってるわよね~」


 活気がある様子をうるさいと表現する辺り、一刀さんらしい。

堺に来たということで向かっているのは、武野紹鷗さんのお店だ。


律「え~っと、ここよね?」


 暖簾のれんをくぐって、店内に入る。


武野「いらっしゃいまし~。おや、律さ……」

松永久秀「おやぁ~?奇遇ですね、律さん」


 武野さんの言葉を遮って渋顔のオジさまが近づいてくる。


律「……今日は、出直しますね」


 ……忘れてた。

そういえば堺は、この松永オヤジの庭だったわ。

顔はともかく、戦国史では食わせ者キャラの上位ランカーの人と近づきすぎるのは、

確実に危険だ。


松永「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっ……。わかりました。大人しくするから、せっかく(お茶を)飲みに来たんでしょ?」


 松永さんは、茶器を回す仕草をする。


武野「ほな。早速、お湯を沸かしますわ」

律「……すいません。突然押しかけて……」


 武野さんに案内されて茶室へと通される。

もちろん、松永さんも後から当然のようについてくる。


武野「今日は、弟子の与四郎よしろうに茶をててもらうけど、ええか?」

与四郎「武野はん。今は与四郎ちゃう……。宗易そうえきと名乗ってとる」

武野「あ~、そやった、そやった。すまんのぅ」


 宗易?もしかして千利休[1]?

……ま~た、有名人の知り合いが増えてしまった。

でも、千利休が点てた茶を飲めるなんて……、最高だッ!


 その感動で、お茶の味なんて……わからなかった。



宗易「まだまだ修行中のお点前で、すんまへん……」

律「……いえいえいえいえ」


 いえを言い過ぎて、音楽にノリノリの人みたいになってる。


松永「きっと良い茶人になると思いますよ」

宗易「ありがとうございます」


 さすが、松永様。その見抜く力は本物ね。


松永「それで……わざわざ、お茶だけ飲みに来た訳でもないんでしょ?」


 宗易さんが茶器を洗いに行ったのを見計らって、話しかけてくる。

南蛮関係に詳しい人を探してるって思惑を、この人には明かしたくない。


律「京の曲直瀬道三先生の所に行ってたんです。堺見物は、そのついでです」

松永「おー!道三先生とも知り合いか!いやぁ、私もよく会うんですよ!」


 ……もしかして、堺じゃなくても遭遇してた?


松永「道三先生は、人と人との逢瀬が医学的にも重要だと考えていらっしゃって、そのうち本にまとめて送ってくれると約束してくれたんですよ」


 リアクションに困る内容ね。

とりあえず、愛想笑いで誤魔化す。


律「それで、松永さんは何をしているんですか?三好家での仕事が暇なんですか?」

松永「ははは……。これは手厳しい」


 松永さんは、苦笑いをして言葉を続ける。


松永「最近は、将軍様と長慶様の仲がよろしいので……。今は、ある御方を長慶様の命で、ご案内してまして……」

律「はぐれたと?」

松永「はぐれてないですよ」


松永「その方は、最初に堺見物を楽しまれて、今は高野こうや詣でに行かれてるんです。私は坊主のことは嫌いなので、帰りを待ってるんです」

律「なるほど」


 主君から直々の命令で警護と案内を任されているとは、相当な人なんだろうなあ。


松永「知りたいですか?その御方の名前」

律「教える気なら最初から教えてくれるでしょ?」


 この手の人は、情報と引き換えに対価を要求してくるタイプだ。

ましてや、相手は松永久秀である。


 気にはなるけど、ここはスルーしよう。


松永「あ~、本当に聞かなくて良いんですかねぇ……」

律「イインデス!ムムッ!」


 どこぞのサッカー解説者ばりに、言葉を返す。


松永「わかりました。降参です。その御方とは、長尾景虎のことです」

律「え ゛えええええええええええええええええええ!」



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[1]千利休:戦国・安土桃山時代の茶人。1522年生まれ。わび茶として茶道を完成させた人物として知られる。若くして父と祖父を失うなど、苦労人でもある。武野紹鷗の弟子。

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