10-4 第133話  クセ強医師(ドクター)

天文二十一年 1552年 九月十一日 午後 場所:山城国 京 曲直瀬道三の屋敷

視点:律Position


曲直瀬道三「悪いけど、忙しいんや。さいなら」


 三条様から紹介してもらった道三先生は、ロクに相手をしてくれなかった。

まぁ、確かに相手がいつも協力的とは限らないのは、事実なんだけど。


律「三条実香様より道三先生ならば、詳しいはずと頼るように言われたのです!」

道三「あのご隠居かぁ……。三条公ならともかく、アンタを相手にしている暇はありまへん。これから生徒に薬学を教えなければ、なりませんので……」


 そう言って、わざとらしく医書らしきものを積み始める。


男「先生、今日は、おおきにどした~。また来週、おたのもうします~」


 生徒さんだろうか?

奥の部屋から若い男性が、風呂敷を持って出入口から出ていく。


律・又八「…………」

お龍「あれ、終わったって言ってたじゃねーか!」


 たまらず、お龍がツッコむ。


道三「あ~、次の講義のために、薬の調合をせなあかんのやった……。薬研やげん[1]、薬研……」


 道三先生は、薬棚の上に鎮座している薬研をわざとらしく探している。

……これは、見込み違いだったか。


律「……まぁ、いいわ。甲斐に戻って、徳本先生に聞きに行こう。徳本先生なら優しいし、かわいいし」

又八「そうしましょう」


 アタシたちは、その場を去ろうと立ち上がった。


道三「ま、待て待て待て待て!徳本を知ってるんか?」

律「知り合いも何も、ウチの店は武田の御用商人ですから。見知った間柄ですよ。」


 今年の初めにも小山田様の検死で会っているし、その後も大井の方様の診察で顔を合わせたこともある。


律「お知り合いなんですか?」

道三「知り合いも何もアヤツとは、田代たしろ三喜さんき先生[2]に下で共に学んだ仲や!弟弟子やのに呑み込みが早くてなぁ~」


 この時代なら、医学を学べるところは少ないだろうし……。

世間とは狭いものである。


又八「……やっぱり、この人を頼る必要は無いのでは?」

律「そうね。野菜だって徳本先生の方が詳しそうだもの」


 なおも立ち去ろうとするアタシたちの前に、道三先生は立ちふさがる。


道三「わかった。協力しよう!」

お龍「(最初から、そうすりゃあいいのによォ……)」

律「まぁまぁ……」


道三「野菜……野菜……。セリは、どうや?」

律「セリ……ああ、セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ……七草のひとつでしたっけ?」


 なぜか国語の先生に覚えさせられたっけ。


道三「そや、春の七草の一つや。あ~、そやけど毒の似たヤツもあるんやでなぁ~」

律(もっと汎用性のあるものを教えなさいよ……)

道三「う~ん。スズナはどうや?今、ちょうど菜園で育てているとこや」


 道三先生に菜園の所まで案内される。

さっき言っていたスズナについて教えてもらう。


律「これって……カブですよね?」

道三「そうや、スズナはカブの別名や」

律「えっ、そうなんですか!


 確かにカブは、あまり見ていないなぁ……。


道三「金時きんときにんじん[3]は、どうや?大陸渡来の珍しいもんやで?」


 見せてくれたのは、細長~いニンジン。

馴染みのある西洋系のニンジンとは違う見た目だけど、東洋由来の人参とはこういう物なのかもしれない。


アタシが菜園で気になった物は、もう一つある。


律「……これはキュウリですよね?」


 キュウリらしき物は、もうすっかり熟れて黄色くなってしまっている。


道三「これか。これは苦すぎてなぁ……[4]。欲しいならなんぼでもあげるで」

律「ホントですか?さすがに実は甲斐まで保存が怪しいので、種があれば欲しいです!」

道三「もってき、持ってき~」


 キュウリといえば、ウチの店の味噌と相性抜群じゃない~。

料理にも使えそうだ。


律「今日はありがとうございました」

道三「はいよ。徳本に道三先生の薬学塾に興味は、あらへんか聞いといてくれ」

律「……きっと来ないと思いますよ」


 道三邸を後にして、その日の夜。

お龍と又八さんに京都周辺での種の仕入れを任せて、アタシと一刀さんは堺に向かうことにした。


律「武野さんのお茶。また飲みたいなぁ~」

又八「そんなに違うんですか?」

律「あの茶室の雰囲気がいいのよねぇ~」


 ともかく、野菜に関しては収穫があったのは良かった。



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[1]薬研:薬剤をいて粉末状にする道具。時代劇の医者のシーンでゴリゴリやっているアレである。

[2]田代三喜(1465~1544):室町時代の医師。明に渡って医学を学び、足利学校で医学を教えるなど関東で活躍する。曲直瀬道三・永田徳本と共に「医聖」と呼ばれる。

[3]金時ニンジン:京都や大阪で栽培されている伝統野菜。東洋系のニンジンとしては唯一の現存種。

[4]キュウリについて:曲直瀬道三はキュウリについて、自身の医学書『宣禁本草』で有毒だとしている。他にも宣教師ルイス・フロイスは、著書『日欧文化比較』で『日本人はすべての果物は未熟のまま食べ、胡瓜だけはすっかり黄色になった、熟したものを食べる』と記している。

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