0-2-2 第7話 今川家採用面接!弐

天文十八年??月某日 巳の刻半 場所:駿河国 駿府 臨済寺の一室

視点:京四郎 Position


庵原忠胤「ではまず、どなたかの紹介状か感状をお持ちか?」

京四郎「か、感情?それって喜怒哀楽的な……っ」


 もしかして勘定の方か?いや今関係ないよな……。

自信の無さに声量が小さくなる。


忠胤「何か申されましたかな?」

律「見ての通り、まだまだこれからの身の上でして、あいにく手柄と言えるものはまだ無いのです」


 サンキュー、律。フォロー助かる。


忠胤「でしたら何か……例えば免許などをお持ちでしょうかな?」


 免許?運転免許……?いや、まだ自動車は発明されてねぇよ!

せめて、英語できるかな検定とかなら持ってるんだけどな……。


律「天然理心流てんねんりしんりゅうなら免許皆伝の腕前にござる。」

 

 フフフ~ンと律は誇らしげだ。


 っておい、天然理心流って新選組の近藤勇こんどういさみ[1]や沖田総司おきたそうじ[2]の流派じゃないか!

ここは戦国時代ってわかっているんか!!!


忠胤「天然理心流……はて?聞いたことがございませんな……」


庵原忠胤さんも流石に困惑顔だ。いや、そりゃそうだよ!


忠胤「では……何故、ご当家に仕官を?」


 おっ、志望動機か?これならいける!


京四郎「この富士の山が見える城下町。日本一の山に、釣り合う家柄の大名は日ノ本にそう数多くはないと思いまする」

忠胤「確かに、富士山の美しさは言うまでもないでしょう。しかし富士山であれば、北条や武田でも見えるではござらんか?」


 うっ……。なんて意地悪な返しだ。

必死に静岡と富士山を結ぶ要素を思い返す。何か……何かなかったか?

そうだ。あれがある!


京四郎「この駿河の清水[3]には、三保みほの松原[4]がござる。古より歌われた景勝の地は、ここにしかございませぬ」

忠胤「なるほど」


律「ワタシが思う今川の強みは、この駿府のご城下であるのは、この京四郎と考えが同じです。」

忠胤「ふむ」

律「見たところ京風の綺麗なお屋敷が多く見受けられます。これは京の公達きんだちが安心して下向できるほど安定した街であることの証明と言えると思います」


 すごい返答だ。街路を歩きながらそんなこと考えていたのか!?


律「そして公家の方々が駿府に滞在してくだされば、民も安心して駿府に住めまする。駿府の人が増えれば即ち、国力の増大にもつながると考えられます」


 その時、忠胤さんの後ろのふすまが開いて何か書かれた紙が置かれて、それを忠胤さんの付き人が拾って渡した。

ん?隣部屋に誰かいるのか?


そう思ったが、相手は城主。警護の人の言伝ことづてだろう。

忠胤さんはその言伝(?)に目を通す。


忠胤「そこもと達は、いずれの生まれか?」

京四郎「武蔵むさし[5]の生まれでございます」

忠胤「ふむ……」


 忠胤さんの目じりが上がる。


 あれっ……何かまずかったか?


律「あ、あの……太田道灌おおたどうかん[6]の納めておられる地にございます」

忠胤「太田……?ああ、太田資正おおたすけまさ[7]様の!」

律「作用にございます」

忠胤「ふむ。ではこれにて面談を終えるとしよう。そうじゃ……団子を食うか?」

律「頂きます!」


 このスイーツ女子め!少しは遠慮ってものを……


忠胤「では少し待たれよ」


 そう言うと襖の先に、お付きの者と去った。

お付きの人がすぐにお団子と水を持ってきてくれた。


 うまい。欲を言えば、紫芋あんが欲しいけど。



▼▼▼▼

少し前の臨済寺の面接室の隣室


「さて、どんな人物かの?」

「見た目は悪くありませんが、少し細々としておりましたな。少し心もとないですな」

「今は松平そして、三河[8]の統治地盤を固めたいところじゃ。私自身で見極めたい。」

「その心構えは悪くありませぬな、殿」

 

 そう、殿と呼ばれたこの男こそ今川義元。

駿河・遠江の二か国を支配する大名である。

そしてもう一人は、この臨済寺の住職にして義元の師の太原雪斎たいげんせっさい[9]である。

二人は隣の部屋の会話に聞き耳を立てる。


義元「感状すらないのか。さては無駄足だったかな」

雪斎「まぁ、悔やむことは無いでしょう。人を見極める鑑定眼を養うものとお思い下され」


義元「天然理心流じゃと?せめて流行りの神道流しんとうりゅう[10]の使い手なら使いどころもあるかもしれんが」

雪斎「そういえば、前もこんなことがありましたな」

義元「懐かしいのう……」


義元「我が城下が褒められているのは悪い気がしないな」

雪斎「これは……あの律とか申す者は、少しは見所があるかもしれませんぞ」

義元「生まれを聞いてみるか。知り合いがおるかもしれん」


 雪斎は出身地を尋ねるように記して、襖の先に置いた。


義元「武蔵?北条の手先ではあるまいな……?」

雪斎「太田ですか。悪くはありませぬが……」

義元「今回は雇わぬ」

雪斎「殿にお任せ致します」


 戻ってきた忠胤と少し言葉を交わして結果を伝えた。

忠胤は肩を落とした。駿府に住み慣れすぎては、気づかぬこともあると感じただけに口惜しかった。


▲▲▲▲


忠胤「今回は残念ながら縁が無かったということで……」


うん。お祈りメールってやつですね。メールじゃないけど。


忠胤「もし良ければ、牢人衆として軍に加わることも出来るが……」


 優しい。優しいよ、忠胤さん。


律「『ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき』」

京四郎「どうした、急に!?」

律「いや、ふと思って……」


 かくして今川家採用面接は残念ながら、不採用の結果となった。


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[1]近藤勇:幕末の幕府公認対テロリスト組織の局長。稽古着の刺繡はドクロ。

[2]沖田総司:上記組織の一番隊長。剣の教え方はスパルタ

[3]清水:今の静岡市清水区。最近某ペットボトルロケットアニメの聖地になった。

[4]三保の松原:富士山の世界遺産の構成遺産のひとつ。

[5]武蔵:今の埼玉県・東京都・神奈川の一部。コジロウという地名はない。たぶん。

[6]太田道灌:元々の江戸城を築いた人物。暗殺で襲われた時に風流に歌を詠んだ。

[7]太田資正:今の埼玉県岩槻周辺を治めていた領主。道灌の親戚。

[8]三河:現在の愛知県東部。

[9]太原雪斎:今川家の外交・軍事・内政に携わる坊主。庵原忠胤の義叔父でもある。

[10]神道流:武田を語る上では外せない『甲陽軍鑑』では新当流と記されているのですが、山本勘助は新当流の使い手という話もあるのに、その使い手ではないと今川家への仕官を断られているので、同じ読みの流派にしてあります。

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