0-2-1 第6話 今川家採用面接!壱

天文十八年??月??日 場所:遠江国 掛川城下

視点:京四郎 Position


 少年と別れて二日、進路を北東に向かって歩み続けた。

戦国時代生活も四日も経てば順応してくるものだ。

夜は暗いので、必然的に睡眠時間も長くなる。そういう意味では実に健康的な生活だ。


 というか、他に夜はすることがない。深夜アニメもテレビゲームも無い以上寝るしかない。


律の歩くペースは全く落ちない。運動部所属は伊達じゃない。どんどん進む。

東海道は江戸時代ほどではないにせよ、古くから人々の往来の多かった道だ。

物寂しい峠道とはわけが違うし、メンタル的にも気楽だ。


そして……。


律「やっぱり間近に見ると綺麗よね~富士山は」


 そう、この日の本一の高さを誇るこの山の美しさは、古今変わらずだ。

大井川おおいがわ[1]を越えたことで、長かった遠江縦断もようやく終わりを告げて駿河に入っていた。


京四郎「そういえば、駿河するが[2]の大名って今川義元……だっけ?」

律「そうだよ。」

京四郎「今川家に仕官する気は、ないの?」

律「そうね……今川もありね。見た限りでは、駿府[3]の街は繁栄しているし、富士山の見える城下町暮らしは悪くないかも……」

 

 駿河の国の中心地、駿府の街並みの中には京都風の立派なお屋敷が立ち並んでいる。

大看板に『友野屋』と書かれた店もある。きっと繫盛している商人の店なのだろう。


京四郎「そうか」

律「不満はないの?今川家は戦国大名としてはあまりパッとする勢力でもないけど」

京四郎「好きにいい……。駿河だけに」

律「……ぷっ。」


 勝った。今回のギャグの採点は90点をつけよう。メモ帳にも忘れずに書き込む。


 そんなわけで、今川家の仕官口を探すことになった。

通りすがりの人に尋ねると、牢人の登用を担当している奉行は庵原忠胤いいおただたね[4]という人らしい。さっそくその人の屋敷の場所を聞いて訪ねてみた。


「今、主に聞いてまいりますので少々お待ちください。」


屋敷の下男がそう言い残して屋敷に入っていった。


 5分ほどして下男は戻ってきた。

下男「お待たせしました。主は今日は忙しく、明日の巳の刻に臨済寺りんざいじにて会われるとのことです」

律「臨済寺[5]?」

下男「ええ、この駿府城から北西の方角に賤機山しずはたやまと言う山があります。そこのふもとのお寺です。」

京四郎「わかった」


 今日はもうどうしようもない。宿を探そう。


律「の刻って何時だっけ?」

京四郎「午前10時から正午くらい。一日を十二分割して干支を当てはめればいいだけだよ」

律「なぁるほどねぇ~」


合点がいったようだ。


▼▼▼▼▼

翌日


 臨済寺を訪ねると、


「用向きは伺っております。松本京四郎様と山本律様ですね」

「「はい」」


 お坊さんはそのまま部屋まで案内してくれた。

通された部屋には、まだ誰もいなかった。


面会を求めた立場上、気楽に構えるわけにもいかず、お寺の静寂もあって気の重い時間が続いた。


律「(ねっ、ねぇ……。まだまだ来ないのかな)」


 しびれをきらしたのか、律が話しかけてくる。


京四郎「(昨日も言っただろ、巳の刻は二時間あるって。この時代に分刻みのスケジュールなんて無いに等しいって)」

律「(そうだったわね……)」

 

 一時間待たされてようやく、中年というかもう老人に入りかけている(?)武将とその付き人らしき男が部屋に入って来た。


中年(?)「お待たせしましたかな。儂は庵原忠胤と申す者。今川の牢人奉行をしており申す。」


 となりの律の様子は、デートの待ち合わせでハチ公前で連絡も無しに待たされ続けている女性のようだ。生気が無い。


 気持ちはわかる。佐々木小次郎ささきこじろう[6]も鞘を投げて、勝負はもう無し!って帰るレベルだよ。


 ともあれ、今川家採用面接が今ここに始まった。



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[1]大井川:今の静岡県を流れる川。江戸時代には家康の居城駿府城を守るために、あえて橋が架けられていなかった。

[2]駿河:現在の静岡県中部。

[3]駿府:今の静岡県静岡市。静岡と言う名前が付けられたのは廃藩置県後だったりする。

[4]庵原忠胤:今川氏の家臣。普段は他の城主を任されているが、二人が訪ねたタイミングでは駿府城下に滞在していた。

[5]臨済寺:その名の通り、臨済宗のお寺。

[6]佐々木小次郎:江戸初期の剣豪。愛刀『物干し竿』。



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