老人とポメラニアンと柴犬と

三好祐貴

老人とポメラニアンと柴犬と

 この町に引っ越してきた3年くらい前から、夜、自宅近所のスーパーへ買い物に行く、その道のりで、私は、ポメラニアンと柴犬を連れた老人をよく見かけるようになっていた。老人は割とガッチリとした体格で、冬枯れの小枝の今にも折れてしまいそうな弱々しさは感じられなかったものの、まるで、長年に亘り酷使され続けてきて、いつ動かなくなっても不思議ではない古びた農耕機械のような、つたなく重い足取りをしていた。しかし、柴犬の足取りは老人のそれ以上に重々しく、項垂れて歩く姿は艶を失ったみすぼらしい毛並みと相まって、その歩みの一歩一歩に耐え難い苦痛を感じているかのようにさえ見えた。ポメラニアンに関しては、まだ若々しく、背筋を垂直に伸ばして、キリッとした様子ではあったが、それは前述の二者との対比によるものだったのかもしれない。その姿態からは優雅さや、それに伴う余裕のようなものは、一切、感じられてはいなかった。私はこの老人と犬達を見る度に、近い、悲しい将来を予感し、しばしば気の毒な気持ちになっていた。

 そして、半年程前のある日のこと、いつもの夜の買い物の途中で、私は、老人とポメラニアンだけが歩いているのを見かけた。あぁ、とうとう、あの予感が現実のものになってしまったのか。そう思うと、いたたまれなくなって、その日はハンチング帽のつばをさげ、普段よりもゆっくりとスーパーまで歩かざるを得なかった。

 その後、老人とポメラニアンだけが夜道を歩いているという光景は、いつの間にか自然なものとなり、彼らを特別、気に掛けるということも次第になくなっていった。ところが、数日前、私はもう随分と長い間、老人とポメラニアンの姿を見ていなかったことに、ふと気が付いた。今度は、あの老人だろうか。そんなことを考え、挨拶を交わしたことすらなかったのにもかかわらず、私はとても悲しい気持ちになっていた、のだが...


 今朝、老人とポメラニアンが西の魔王の討伐に成功し、王様から勲章を授かることとなったというニュースが流れてきた。そのニュースの中では、あの柴犬魔法使いについても触れられており、彼は現在、別のパーティーに参加していて、東の洞窟に住む人食いゴブリンを退治している、その真っ最中であるとのことだった。それから、関連するニュース記事に、「魔王を倒した老戦士が今、伝えたい事」というタイトルの老人のインタビュー動画が掲載されており、その中で老人はこんなことを語っていた。


「……わしらが魔物退治でヘトヘトになって宿屋へ帰る途中、よく、ハンチング帽を被った若者を見かけておってなぁ。なんだか随分と不幸そうな顔をしとったが、あの若者は元気にしておるんじゃろうか? また彼を見かけることがあったら、いくら辛くても、悲観ばかりしていてはダメじゃぞと声を掛けてやりたいもんじゃ。やはり、逃げるばかりで何もしなければ、何にも変わらん。変わらんどころか、現状維持すらままならぬ。逃げずに戦ったとしても、何かが変わる保証なんてどこにもない。それでも、戦って戦って、ボロボロになっても、まだ戦って、そうしているうちに何かが良い方向に向かう、そう信じるほかないんじゃ。わしらを見てみぃ。いい年して……」


 大きなお世話だよ。

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老人とポメラニアンと柴犬と 三好祐貴 @yuki_miyoshi

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