秘密

秘密

 秘密を一つ、きみに教えてあげよう。あの美術館にある名画の秘密さ。あれは贋作だ。本物は三番街の外れに一人で住む爺さん家の屋根裏に隠してある。おれが如何にして其れを知ったのか。そんなことは、これからの話を聞いていれば自ずと分かるだろう。この秘密は、その謎を打ち明ける為のものでもあるのだから。

 私は誰よりも絵が上手く描ける。だからこそ、あの名画を盗んだ。どれだけ絵が上手くとも、見られなければ意味がない。それが絵というものである。だからこそ、だからこそ、私の絵を飾った。名画の模写を、名画以上に名画を名画たらしめる模写を、あの名画と掏り替えたのである。

 とは云え、そう簡単なことではない。私は入念に計画を練り、事に当たった。先ず、警備会社へ入社する。そうして美術館への配置を希望した。夜間警備の館内巡回員として美術館へ配された私は常に好機を窺い、遂に絶好の機会を得る。夜間警備は二人体制が義務付けられていたにも拘らず、同僚が無断欠勤したのだ。代わりの隊員が応援に来る隙を突いて、名画を掏り替え、更には防犯カメラの記録映像を掏り替える。あの名画が飾られていた額縁に私の模写が居座ったとき、額縁は玉座の如く、模写は簒奪者の如く、赫々と威を放った。美しい、あゝ美しい。誰が描くものよりも、私が描くものこそ美しい。月の光に照らされた模写は淡く輝く。そうさせるのは、私の絵の具である。特殊な配合を施し、そうさせた。あの名画は月の光に照らされてこそ美しい、と思ったから。その観念的な美を体現させたものである。

 翌日の営業は大盛況だった。私の絵を褒め称す鑑賞者で溢れ、私は鼻高々である。一般客を装い、見知らぬ老夫婦に美術鑑賞の手解きなんぞしてやるくらいに、それは其れは浮かれていた。

 綱渡りの綱から足を踏み外しているとも知らず、私は夜勤に就く。館内を巡り、私の絵の前に跪き、簒奪の王を仰いだ。闇の深い、月の明るい夜である。冷やかな光に照らされた絵は私のものではなかった。それは鈍く、光を飲み込み、眼前に跪く私を見下げる。

 私は虚空を踏み抜いて、真っ逆さまに落ちてゆく。

 落ちてゆく、落ちてゆく。

 遥か遠く、東雲に、明けの明星が独り咲っていた。

 併し、あの名画は未だ私の家の屋根裏にある。どうか私の命が尽きたとき、王を玉座へ返してくれ。

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秘密 @Qz4649

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