夢の島

青いひつじ

第1話

ぼんやりと霞む水平線。

その船は、今にも溶けてなくなりそうな夕日に向かって進んでいた。



男は旅をしていた。久々の休暇だった。

向かっていたのは、本島から船で20分ほどで着くとある島だった。


この島には、以前から来たいと思っていた。

島の海はケラマブルーと呼ばれ、世界最高水準の透明度を誇っている。

男は山奥の生まれで、昔から美しい海を自由に泳ぐのが夢だった。

この島は男にとって、憧れの、夢の島だったのだ。



午後5時。

風が少し強い。

男は、友人から貰ったホエールウォッチングのチケットを、大事そうに財布に入れた。

船に乗り、皮の破れた椅子に腰掛ける。

波と風できしむ船の音がなんとも心地よい。

ぼーっと遠くを眺めていると、気が抜けた男を猛烈な睡魔が襲った。

男はそのまま眠ってしまった。





「おい!大丈夫か」


誰かが男の肩を強く揺する。



「おい!おい!生きてるか?!」


半分開いた目からぼんやりと見えたのは、髭面の男だった。

男は飛び起き、辺りを見渡した。

360°見渡し、髭面の男のところに戻ってきた。



「ここは、、、」


「いやぁ、それが分からんのだ。お前もあの船に乗っていたのか?」


「私は、ある島に向かう船に乗っていたはずです。水がきれいなことで有名な、、、」


「あぁ、やはり。俺も一緒だ」


「しかし、ここは。どこかの山奥でしょうか」


「分からん。携帯も電波がなくて使えん。

どうやら、乗っていた船は失踪してしまったようだ」



髭面男いわく、我々が乗っていた船は、本来の航路を外れ、この謎の島へ辿り着いてしまったらしい。



「他の乗客はどこにいったんでしょう。30名ほど乗っていたかと思うのですが」



「さっきまでいたが、みな、食料を探しにいった」


「そうですか。私も何か食べるものを探しに行かないと」


「ところがだな、水がないんだ」


「水がない?ここは海に囲まれた島ではないのでしょうか」


「何も分からん、、、」



髭面男と話をしていると、他の乗客たちが戻ってきた。

手には、果物らしきなにかや木の枝を抱えていた。



「私はマッチを持っています。木を燃やして暖をとりましょう」


「これ、食べれそうなの取ってきました」


「私、かばんにお菓子が入ってました。みんなで分けましょう」


私が寝ているうちに、団結力が生まれていた。



「しかし、やはりどこにも水がありません」


「困ったな。水がないと全員死んでしまうぞ」




遭難して1日が経った。水はまだ見つかっていない。

半分の人間は山に水源を探しにいき、半分の人間はどうしようと困っていた。



夜。

円を作り、計画を立てている時だった。

1人の老人が重そうな腰を上げた。



「なんでもいい。川、海、水道。水を見つけた者に、私の資産の半分をやろう」


自己紹介で年金生活を送っていると言っていたその老人は、なんと、大富豪だったのだ。

水を見つけた人間に、賞金を与えると言い出した。


「ワシはこんな腰だから動きたくても動けない。しかし、死ぬ前にもう一度娘たちの顔を見たい。どうしても帰りたいんじゃ。

こうでもしないと、みな本気で探さないだろう。争いは避けられん」


この言葉を聞いた瞬間、一瞬にして、あたたかな団結力は崩壊し、急にみな敵に見えた。



「いえ、争うなんてやめましょう。手分けして探しませんか。協力すれば叶うはずです必ず」



しかし男は、こんな状況の中、争いたくなかった。男の言葉に、周りから自然と拍手が起きた。


「お前さんが指揮をとれ」


髭面男が男の肩に手を置いた。


それからは男の指示によって、川を探すチーム、雨水を集めるチーム、穴を掘るチームに分かれて水を探すことにした。



3日が経ったが、水はまだ見つからない。

雨が降ったおかげで、飲み水と体を洗う水は確保できた。


5日経ったが、水は見つからない。

保存していた水も底をついてきた。



毎日、ボロ雑巾のようになって帰ってくる男たちを鼓舞した。


「生きて帰りましょう!絶対にあるはずです!明日も頑張りましょう!」


来る日も来る日も、男は鼓舞し続けた。


「大丈夫です!必ずあります!生きて帰るんでしょ!」



ある日のことだった。髭面男がズンズンと近づいてきて、ぬかるむ地面にスコップをグサっと刺した。

 


「偉そうに指示ばかりだして。お前には俺たちが、賞金目的の愚かな人間に見えてるんだろう。金に飛びつかないお前は、さぞかし立派なんだろうな」



「何を言ってるんですか。そんな風には思っていません」



「お前の顔から聞こえてくるよ。どうせ頑張っても無駄なのに、何を必死になってんだってな」



「あなた、疲れているんだ。少し休みましょう」



「お前さんがこの1週間、何をしたのか言ってみろ」



髭面男の言葉に、男は何も言い返せなかった。



「ほーら見たことか。何も行動してないじゃないか。本当に強く願っている時、人間は無意識のうちに体が動くもんなんだよ」



髭面男が、さらにモジャモジャになった顔をグンっと近づけた。



「前に、美しい海を見るのが夢だなんだ言ってたな。だから生きて帰るんだって。

でも本当は、海なんてどうでもいいんだろ。お前の言葉は全部、綺麗事だ」



「違う!私は、いつかはあの島に行きたいと願っていたんだ!」



「いつかなんて思ってる時点で、お前にとってそんなに大事じゃねーんだよ」




男はハッとした。


考えてみれば、いつもそうではないか。


あの島だって本当は、時間はたくさんあったのだから、行こうと思えばいつだって行けたはずだ。

しかし、なぜか後回しになっていた。

今回たまたま、友人からホエールウォッチングのチケットを貰い、こうして来ることができたのだ。


叶えるふりをしているだけで、本気で叶えるつもりなんてないのか。


綺麗事を言いながら、やる前から諦めているのは自分ではないのか。


心の奥では、本当はどうでもいいと思っているのではないだろうか。


そう気づいた瞬間、男は自分に酷く失望した。


排水溝の栓が抜け、中のドロドロとしたものが丸見えになったような気分だった。


どうせ、これからも待っているのは大したことない人生だ。もうどうにでもなってしまえ。



「スコップを貸してください」



男は、何も考えず無心で穴を掘った。

周りの人間が晩飯を食べようと、仮眠を取ろうと、男は穴を掘り続けた。


もう、どうなってもいい。死んだっていい。


そして掘り続け、3日がたったある日。

男はついに限界が来て、その場に倒れ、そのまま目を瞑った。




「おい、あれを見ろよ。噴水のようなものが見える!」


「虹がかかってるぞ!!」



男が掘った深い穴からはケミカルブルーの水柱が噴き出していた。






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夢の島 青いひつじ @zue23

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