秘密 『ミッドナイト竹田の明日はいい日』

いとうみこと

ラジオが繋ぐ人と人

「曲は海野マヤさんで『秘め事』でした。歌詞も声も艷やかでしたね。さて、今夜のテーマは『秘密』でしたが、コメントがたくさん届き過ぎて紹介し切れないので、急遽次回も同じテーマでお送りすることになりました。まだまだコメント受け付けますよ。ただし、法に触れるお話以外でお願いします。それと、お前の秘密も明かせというコメントが数十件届いているそうです。僕には秘密なんてないんですけどね。まあ、次回までに何か考えておきましょう。さて、次が生電話トーク最後の方ですね。お呼びしましょう。エミさん、聞こえますか?」


「はい、聞こえます」


 竹田の問い掛けに、加工されていない女性の声が応えた。


「あれ、秘密トークなのに加工してませんね。大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします。では、いつものように自己紹介からお願いします」


 少し間があいてから、エミが話し始めた。声の張り具合からしてまだ若い印象だ。


「えっと、エミと言います。明日日本を発つので、その前に思いを伝えたくて申し込みました」


「おや、海外へ行かれるんですか?」


「はい、もう戻るつもりはありません」


「永住する予定なんですね。ご家族が寂しがっているんじゃないですか?」


「昨年両親を相次いで亡くして、今日納骨を済ませたので身寄りがないんです。だから大丈夫です」


 竹田が慌てた声を出す。


「デリケートなことを言わせてしまってすみません。それは大変でしたね」


「大丈夫です。気にしないでください」


「失礼しました。コホン、それでは秘密のお話をお願いします」


「はい」


 エミは何かに急かされるように早口で話し始めた。


「昨年、父を急な病いで見送って間もなく母にも病気が見つかって、あれよあれよと言う間に母も天国へ旅立ちました。まるで父を追いかけるような死に方でした。私から見ても、ふたりはとても仲のいい理想の夫婦でした。でも、亡くなる少し前に、母からふたりの秘密を聞かされたんです」


 エミが再び黙り、なかなか次の言葉が出ないようだった。竹田が静かに声を掛けた。


「エミさん、言いにくかったらやめてもいいんですよ」


「……いえ、今日言わなければきっと後悔します。話させてください」


「わかりました。無理のない範囲でお願いしますね」


 エミの呼吸を整える音が微かに伝わった。


「病室で突然母が言ったんです『私はお父さんの二番目の妻で、エミには腹違いのお兄ちゃんがいるんだよ』と。私はその時まで父が再婚だったなんて全く知りませんでした。ましてや兄がいるなんて考えられません。混乱する私をなだめながら、母はとにかく聞いてくれと懇願しました。その必死な姿に、私は覚悟を決めて話を聞くことにしたんです」


 エミは再びスウと息継ぎをした。


「母は奥さんがいると知りながら父に近づき、私を宿したことを理由に結婚を迫ったそうです。その結果父は前の家族を捨て母と再婚しました。母は周りの人が呆れるくらい父に尽くしました。父もまた、家庭を大切にする人でした。だから私はふたりの娘に生まれたことを幸せに思っていました。けれど、本当は母はとても苦しんでいたんです。初めは父を得て勝ち誇った気分だったそうです。ところが、父が私の誕生を心から喜ぶ姿を見て、父の息子への深い愛を確信したそうです。それに子どもを育てる苦労の中で、前の奥さんへの申し訳なさが日に日に増したと涙ながらに言ってました。自分の勝手でみんなを不幸にしてしまった、こんな体になったのはバチが当たったんだと……」


「そんなことはないと思いますよ」


 堪らず竹田が声を掛けた。


「今なら私もそう言えますが、その時は言えませんでした……懺悔を終えて思い残すことが無くなったのか、間もなく母は亡くなりました。先日、引っ越しのために遺品整理をしていたら、父の部屋の押し入れから宛先人不明で戻ってきた封筒がいくつも出てきました。差出人の住所が父の事務所になっていたのは母に知られたくなかったからだと思います。中にはお札が入ったままのポチ袋や未使用のサッカーの観戦チケットが入ってました。それに、父が最後まで使っていた仕事の手帳に古い写真が挟んであって、サッカーボールを抱えた小学校低学年くらいの男の子の肩を抱く若い父が写ってました。隣にはショートボブの優しそうな女の人も。みんな笑顔でした。父は前の家族をずっと大切に思ってたんですね。私の存在がこの家族を不幸に陥れたんだと思うと胸が痛みました」


「それは違う! エミさんは何も悪くない! 君が苦しむ必要はないよ!」


 竹田が叫んだ。


「……ありがとうございます……実は、封筒の情報から意外と簡単に兄に辿り着くことができたんです。父には難しかったようですが、SNSが発達した現代ならではですね」


「それじゃあ……」


「いえ、父の遺品を捨て難くて探しただけで会うつもりはありません。幸せに暮らしてくれているみたいだし、それで十分です」


「お兄さんはエミさんに会いたいんじゃないかなあ。僕も君のお兄さんと似たような状況たけど、僕だったら会いたいと思うし、亡くなった父の話を聞きたいと思う。親がどうであれ、血の繋がった兄妹なんだから」


「……そうですか……嬉しいです……今日はありがとうございました。お陰ですっきりした気持ちで日本を去ることができます」


「お役に立てたなら良かった。もう二度となんて言わないで、また日本に来てくださいね」


「はい、気が向いたら戻ってきます。竹田さん、どうぞお元気で」


「エミさんもお元気で、幸せになってくださいね〜」


「……」


「はあ、もう行っちゃいましたか。エミさん、自分を責めないでくれるといいですね。過去は変えられないし、ましてや親の因果を引き受ける必然性は全くありませんからね。幸せな未来を自分の力で作り上げてください。というわけで、どんな今日も既に過去、明日はもっといい日にいたしましょう。『ミッドナイト竹田の明日はいい日』また来週!」

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秘密 『ミッドナイト竹田の明日はいい日』 いとうみこと @Ito-Mikoto

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