3.カリスマ性

 どこか浮ついた空気の中、2度目の体育の時間が訪れた。

 今日の練習場所は校舎から外れた第2グラウンドの端。トラックを中心としたメインの場所は3年生が使っている。満足にグラウンドが使用できないとは言え、広い場所に割り振られただけマシな方だろう。

 練習時間が始まるや否や、周防はクラスメイトたちを集めた。

 昨日話し合った通り、今後の方針を全員に共有しておくためだ。


「練習前にごめんね。今日は少し、皆に話しておきたいことがあったんだ」

「話ってなんだよ、周防。早く体動かしてえんだけど」

「だよなー。せっかく勉強せずに済む自由な時間があるってのに」


 君下と、彼と仲の良い数名の男子が文句を垂れる。

 顔ぶれを見るに、日頃から勉強にはあまり前向きではない生徒たちばかりだ。君下を中心に体育祭に熱を上げているようで、周防そっちのけで今日の練習メニューについて身内だけで話を始める。

 それ自体は決して悪いことではない。だが、彼らは個人種目に焦点を絞って自分たちが活躍することにばかり思考が偏っていた。

 やがて話は自分たちがMVPを獲得して何をしたいか、という理想論へと移り変わる。

 困ったように笑う周防と、周防の気持ちは汲んでも君下に注意できない女子たち。一部の男子も知らぬ存ぜぬを貫いていた。

 唯一、喜一だけは君下へ一言文句を言ってやろうと立ち上がる素振りを見せたが、そんな彼の腕を引いて止める。


「何だよ祈織。あいつら、運動が得意だからって調子に乗ってんだろ。注意しねえと周防が」

「余計なことだ」


 小声で不満を述べる喜一の声を遮る。


「これは周防と君下の問題だ。この場でお前が周防を助けたとして、それで今後周防と君下の関係が良好になるのか? 周防と君下が衝突する度にお前が仲裁に入るのか?」

「そりゃそうだけどよ……」

「わかったら余計なことに首を突っ込まないことだな」

「……お前、いつにも増して冷たくね?」

「俺は元々こんなものだろ」


 君下たちが周防の話を聞かない原因は周防本人にもあると俺は考えている。

 周防は率先して人前に立つ割に自分の意見をはっきりと述べない。それではただ人が嫌がる役を買って出るだけの都合の良い人間でしかない。当然、そんな人間に従う者もいない。

 カリスマ性と言うべきか。周防にはその片鱗が見えつつも、どこか当の本人が自制してしまっている気がする。

 彼の本性を見てみたい。俺の身勝手な興味から出た言い訳だった。

 それに、喜一が出たとしても君下と言い合いになるだけだ。感情任せに動く側面がある喜一ではこの場を上手く取り纏めることはできない。

 正直なところ、俺はどちらの考えが正しいかなんてどうでもいい。君下が短距離走で1位を獲ろうと、クラスが団体競技で無様に負けようと、勝敗に興味のない俺には関係のない話だ。

 だから俺は、周防が助けを求めるような視線を向けてきても無視をした。周防にこの場をおさめられないのなら、結局俺にはどうしようもないしな。


「すぐに終わるから、少しだけ聞いてくれないかな?」


 俺の助けを得られないと悟った周防は、声を振り絞って君下たちの注目を自分に向けようとする。

 が、タイミング悪く君下グループの1人が他所に視線を向けて「あっ!」と大きな声を上げた。


「あれ、生徒会長じゃね?」

「うわ、マジじゃん。やっぱ本物はめっちゃ美人だわ」


 この学校におけるカリスマ的存在の登場に、それまで周防側に寄っていた女子たちでさえグラウンドの中心へと視線を集める。

 俺も例に漏れず、彼らの視線の先へと目をやった。

 俺の視界に入ったのは横顔だった。

 前から見なくてもわかるくっきりとした輪郭の顔立ち。凛とした佇まい。クラスメイトと会話をしている様子だけでも絵になる女性だ。

 あまり人の名前と顔が覚えられない俺でも、彼女のことは一目見たその日に覚えた。

 不夜城緋衣。現生徒会長であり、全生徒の中で最上位のステータスを持つ真のカリスマと呼べる存在だ。

 クラスのまとめ役とは言え、入学して1ヶ月そこらの優等生と全生徒をまとめる生徒会長とではキャリアも人望も大きな差がある。

 昨日の話を共有したそうに視線を泳がす周防と、彼を心配する様子の女子。そして既に生徒会長に興味津々な男子たち。

 クラスはバラバラもいい所だ。ほぼ他人とも言える彼らに蜜月な関係が築けるはずもないが、それにしても勝手が過ぎる。

 昨晩、クラスメイトのステータスを一通り確認してみたが、原因の一端はそこにもあった。

 体育祭という行事。顕在化されたステータス。知り合って間もない期間。それに周防という人物の人柄。

 それら全てが物事を悪い方へ悪い方へと進めている。

 結局この日もまともな話し合いなどできずに、各自練習へと移ることとなった。


 自由時間を得られた俺は、級友たちに囲まれた周防を横目にその場を離れた。

 ろくに練習なんてできないだろうと早々に切り捨て、せめてこの時間を有意義に使うべく他クラスの練習風景を偵察して回ることにした。

 俺たち1年1組が悲惨な状況であるなら、同じ1年生の他クラスはどうしているのか。また、過去にこの経験のある他学年は。

 情報収集と言うよりは興味本意だ。ステータスが高い人間が本当に優れているのか。ステータスの存在がどれほど生徒たちの関係性に影響を与えているのか。

 俺の興味は既にクラス内のゴタゴタよりもステータスという学校独自のシステムに焦点を当てていた。

 グラウンドの外周を散策していると、やはり目に付くのは3年1組だ。

 広いグラウンドの中心部を使用していることに加え、人目を惹くタレントが多いことがその原因だ。

 生徒会長の不夜城緋衣ふやじょうひえに加え、全学年に男女それぞれ5人しかいない容姿Sランカーの1人、笠原嵯峨魅かさはらさがみ。サッカー部に所属し、学内で唯一のユースメンバーに選抜された和頭來童わがしららいどう。他にも度々名前を耳にする生徒が数名在籍している。

 これ以上ない豪華メンバーにグラウンドで練習する生徒たちの視線は釘付けだ。

 中でもクラスを取り仕切るのは、不夜城先輩……ではなく、和頭先輩だ。

 今回の行事が体育祭ということもあり、運動能力に優れた彼にまとめ役を一任した、と言ったところか。

 流石に3年生だけあって、練習内容にも無駄がない。グラウンドを使用できるメリットを存分に活かし、団体競技に重点を起きつつも、トラックではリレーの練習にも取り組んでいる。手が空いた生徒が休憩がてら網や平均台を並べており、この後は障害物競走の練習をするのだと察せる。

 1秒たりとも無駄にしない手際の良さと、全員が方針を一致させているが故の連携。3年生の中でも1組が最も統率が執れているのだろうと、彼らを見ているだけでわかる。

 俺たちのクラスとはまさに雲泥の差。このまま合同練習が始まれば非難は避けられないな。

 他人事のようにそう思い、グラウンドの外周から校舎付近へと足を進める。

 主要な練習場所の使用権を持たないクラスは教室棟付近のアスファルトやロータリーに集い、各自練習を行っていた。

 1組以外の3年クラスも与えられた場所でできる限りの練習に励んでいる。どこも話し合いは済ませてあるようで、今更全員で集まる様子はない。

 2年生もほぼ似たようなものだ。グラウンドや体育館ほど広くはなくとも、それなりに動けるスペースはあり、バトンパスの練習や団体競技の戦略会議。あとは短距離走のスタートダッシュのフォームの確認や校舎の外周で長距離走の練習に励む生徒たちも見られた。

 やはりどのクラスも概ねステータスが高い生徒が集団を仕切っているらしい。

 が、気がかりだったのは"彼"が所属する2年3組の姿が見られなかったことだ。

 現生徒会副会長である美濃裕貴。俺は彼に興味があった。

 2年生にして生徒会の副会長へと上り詰めたのは、歴代でも彼だけらしい。

 当然、ステータスは文句なく高評価の一言だが、彼にはステータスでは見えない一面を持っているのだと期待している。そして、それがステータスの評価方法に関わってくるのではないかという予感も。

 そのために下調べをして、2年3組が第1体育館の裏手が練習場所だと掴んでいたにも関わらず、そこに彼の姿はなかった。

 それどころか、2年3組の生徒も誰1人としてそこには居なかった。

 目をつけた生徒の情報は早めに掴んでおきたいと思っていたが、居ないのであれば仕方がない。

 俺たちのクラスのように生徒たちの統率が図れず揉めている、ということはないだろう。恐らくは美濃先輩の指示だ。

 彼は恋情養成高等学校の生徒らしく、恋愛に重きを置いていると聞く。体育祭そのものに興味はないのかもしれないな。

 最重要視していた目的は果たせなかったが、他にも得られる情報はあるだろう。

 俺は偵察を再開し、第2体育館へと向かった。

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