22.判決

 開けた窓から喧騒が遠く聞こえる部屋でスマホのバイブレーションが静かに鳴る。

『悪い』と一言だけ添えられたメッセージ。この一言が意味するところを瞬時に理解する。

 喜一が俺の真意にどこまで近付いているかは不明だ。ただ言えるのは、あいつは今日をもって俺と決別するということだけ。

 親友を辞めるという意味ではない。むしろ、本当の意味で親友になるためには喜一の成長が必要不可欠だ。

 喜一は良くも悪くも俺に従順だった。俺が言ったことには必ず従い、甘い蜜を啜る。

 俺たちの関係性はあまりに歪で、親友と呼ぶにはあまりに利潤に塗れていた。

 それでも構わないと思っていた。俺を慕い、俺に従う人間がいることは決して不快ではなかった。

 だが、俺の好奇心はその関係を快く思っていなかった。

 神条紗耶という精神的にまだまだ幼い少女の成長。岩下喜一という利己的で高慢な人間の変化。

 彼らが出会った時、或いは蜜月な関係に至った時、どんな結果に至るのか。

 俺にも想像できない未来を見てみたいと思ったんだ。

 喜一は俺に反発し、1つの壁を破った。そんな彼に感化され、やがて神条先輩も新たな道を見つけるだろう。

 俺はあくまでサポートに過ぎない。彼らの行く末を見届けるだけの存在だ。

 しかし、その経過を楽しむくらいの享楽を得る権利はあってもいいはずだ。


「俺は、俺の目的のために」


 この先に起こる苦楽。災難。幸福。そうして辿り着く結末。

 未来のことは誰にもわからない。それでも想像することはできる。

 このまま話を終わらせて、2人を放っておけば見え透いた結末に至るだろう。邪魔者の手によって、在り来りなバッドエンドを迎えることになる。

 つまらない未来だ。未来はわからないから面白い。想像通りの結末なんて俺は求めていない。


「残る障害は消しておかないとな」


 最後のひと仕事のため、俺は彼女らに連絡を取って部屋を出た。



▼▲▼▲



「2日連続であんたに呼び出されると思わなかった。どういう風の吹き回し?」

「俺が頼れるのは蘭華だけだからな。もう少し動かせる駒が増えるとありがたいんだが」

「言い方よ。頼れるお姉さんがいるだけでも感謝してよね」


 土日に連日呼び出しをくらって不服そうな蘭華は文句を垂れる。

 蘭華を呼び出したのは他でもない。喜一の恋愛相談から始まった一連の出来事に決着をつけるためだ。


「休みの日まで教室に来るとか億劫なんだけど。私が呼ばれた理由も教えてくんないし」

「そう言うな。それなりの報酬は用意しているつもりだ」


 日曜の教室棟は人通りが極端に少ない。ましてや教室に足を運ぶ生徒はそういない。

 現にこの2年3組の教室に来るまでに生徒とすれ違うことはなかった。

 蘭華や彼女との繋がりを隠しておきたい俺にとっても好都合だ。


「それより、頼んだ物は用意してくれたか?」

「ちゃんと買ってきたよ。先輩をパシらせるってどういうことなの」


 蘭華はポケットから取り出した物をこちらに手渡す。

 

「玩具のボイスレコーダーとか何に使うの? 録音だけならスマホで良くない?」

「録音する気はないからな。証拠が残ると困るのは俺の方だ」

「あんた、本当に何するつもりなの……」

「さあな。念の為だ」


 蘭華から受け取ったそれをチェックしながら答える。

 縦長の、いかにもボイスレコーダーと言わんばかりの見た目。申し訳程度に録音機能は備わっているようだが、これではポケットに入れておくだけで、もれなく布ズレのノイズが入ってしまいそうだ。

 よくできた精巧な玩具。注文通りの品だ。

 使うかどうかは別として、胸ポケットにボイスレコーダーを忍ばせておく。


「こっちはどうするの?」


 何やらポケットの中を探りながら蘭華が問う。


「蘭華が持っておいてくれ。俺が合図したら鳴らしてほしい」

「えっ……私がやるの? 怒られてもあんたのせいにするからね」

「それでいい。あとは手筈通りに頼む」


 蘭華は軽くあしらうように返事をして壁に背中を預ける。

 時刻は間もなく12時半。喜一が俺の求める変化を遂げたなら、そろそろ神条先輩との話も決着している頃だろう。

 その結末はいずれわかること。俺は後始末をするだけだ。

 蘭華に背を向けて教室の入口に向き直る。直後、ノックと共にゆっくりと扉が開いた。


「まさか君が僕に連絡してくるとは思いませんでしたよ」


 彼は丸眼鏡をクイッと持ち上げ、至って冷静な姿勢を示す。


「僕の番号をどこから知ったんですか?」

「貴方の元恋人ですよ、丸山先輩」


 指定した時刻通りの到着。殊勝な心がけだ。

 ショートメールで送った内容から、彼も気が気じゃなかっただけだろうけど。


「なるほど。それで、僕に用とは?」

「先にお伝えしていた通りですよ」

「神条さんの秘密をネタに僕が彼女を脅している、でしたか」


 丸山は嘲笑うように余裕のある笑みを見せる。とても余裕のない人間には見えない。

 彼の態度のおかげで俺も予想が確信に変わった。


「俺は丸山先輩が神条先輩を脅し、良からぬことを企んでいると思っています」

「神条さんから何か吹き込まれましたか?」

「いいえ。彼女に事実確認を試みましたが、はぐらかされてしまいました」

「言葉の使い方が間違っていますよ。僕と神条さんは一度恋人契約を交わしただけのクラスメイトに過ぎません。はぐらかしたのではなく、君の妄想だっただけの話です」


 彼が落ち着き払っているということは、神条先輩に指示した猥りがわしい内容は証拠が残らないように削除されているか、直接指示を送っていたのだろう。

 丸山のスマホを押さえれば済む話ではないらしい。


「要件はそれだけですか? 君の妄想に付き合っているほど暇じゃないんですよ」


 会って数分も経っていないのに気が早いな。疚しい気持ちを隠したいという思考の現れだ。


「妄想だと切り捨てても構いません。俺はとあるツテから情報を得ただけですから。彼が嘘をついていたのなら妄想と言われても仕方ないですね」

「彼、とは?」


 時期尚早に立ち去ろうとしていた丸山は足を止めた。そして──


「美能先輩ですよ」


 その一言で彼の表情が変わった。

 明らかな動揺。困惑が隠し切れていない。図星を突かれたとはまさに彼の様子を表している。

 静かに見守る蘭華を横目に俺はさらに追い討ちをかける。


「おかしいと思っていたんですよ。生徒会は神条先輩とあんたの関係性に違和感を抱いていた。それなのに、美能も東雲もあんたじゃなくて神条先輩を監視し続けた。神条先輩とあんたに上下関係が見えたとして、普通は神条先輩ではなく彼女を操るあんたを監視すべきだ。でなければ、生徒を守るという生徒会の信条に反することになる。だが、生徒会はあろうことか神条先輩の秘密を探ろうとしていた」


 俺は最初、神条先輩が学校の理念に反する人物として生徒会がマークしているのだと思っていた。

 美能と東雲を前にその机上論を語った際にも彼らは肯定したから、尚更自分の考えが正しいと勘違いした。

 その考えに疑念を抱いたのは美能とアインスへ赴いた後だ。

 美能が"金星の女神"と繋がりがあると知り、確信は猜疑心へと傾いた。


「丸山先輩。金星の女神って知ってますか?」

「……突然何の話ですか」

「蘭華は?」


 丸山は知っていても答えない。そう判断して蘭華に話を振る。

 彼女は面倒事に巻き込むなと言いたげにため息をつき、渋々答える。


「一昔前に流行った宗教だよね。国が始めた誰にでも平等に恋愛の機会を与える恋愛増進法に反発して、顔がいい人だけを集めて何かやってたってことしか知らないけど。確か、1年くらい前に弾圧されたってニュースで見た」

「そうだ」


 金星の女神の騒動については今はどうでもいい。問題はその活動理念だ。


「金星の女神の活動理念は『優等な遺伝子を残すこと』にある。要は、水準より容姿が優れた人間を集めて、その中で生殖活動を行い、より人間的に卓越した子供を作ることにある」

「せ、生殖とか普通に言うなし!」


 何も恥ずかしいことではなかろうに、蘭華は何故かちゃちゃを入れる。が、無視して話を進める。


「美能とアインスの連中はその生き残りだった。蘭華がアインスで働けたのもそのおかげだ。俺を呼び込もうとしたのもその活動の一環だろうな」

「……顔以外取り柄がないって言いたいの?」

「そうは言わないが、蘭華の粗雑さで高級店でのアルバイトは難しいだろうな」

「ぐっ……言い返せないのが悔しい」


 蘭華と言い争うつもりもないから黙って聞いていてほしい。

 ともあれ、俺が違和感を覚えたのはそこだ。

 金星の女神の残党がアインスに集っていた。美能もその一員だった。

 ともすれば、美能が神条先輩をマークしていたのはその点に起因していると思った。


「美能の目的は恐らく、神条先輩の弱みを握って手中に収めること。あんたがそれを聞かされていたかは別にしても、あんたの悪行が見逃されていたのはそれが原因だ」

「そ、そんなはずは」

「どうやら知らなかったらしいな。さっきまでの余裕も生徒会副会長である美能がバックについていると思っていたからだろう。あんたは最初、美能に声をかけられたんだろ? 神条紗耶を自分のものにする方法がある、とか甘い言葉でそそのかされたんだ」


 神条先輩の裏の顔を知って憎悪していた丸山は、まんまとその誘惑に乗せられた。

 でなければ、何の策もなしに秘密で他者を脅すなんてリスキーなことに踏み込めるはずもない。

 当然丸山にはあったはずだ。神条紗耶に抱いていた憧れのようなものが儚く散る絶望感が。人の気持ちを弄び、自分もまた遊ばれるのではないかという恐怖心が。そして、自分と似た存在だと思っていた相手に裏切られる失望が。

 丸山の中に渦巻く憎悪の弾丸は、美能の一言によってタガが外れ、セーフティを失った感情が銃口から放たれる。

 そうして起こったのが今回の一件だ。


「生徒会という後ろ盾を得たあんたは、欲望のままに神条先輩を支配した。誰かに言えば裏の顔を公表すると脅してな」

「そ、そんな話、誰が信じると」

「神条先輩のスマホにあんたとの会話履歴は残っていないだろうが、あんたのスマホには証拠があるだろ。神条先輩に撮らせた猥りがわしい写真の数々がな」


 わざわざ写真を撮らせていたんだ。脅しの有効性や自己満足のためにも全て消去しているとは考えられない。


「俺の話が嘘だと言うならスマホを渡せ。今、この場で確認してやる」


 これでもう丸山は言い逃れができない。

 スマホを差し出さなければほとんど黒だとしてこのまま拘束、学校側に突き出せばいい。素直に差し出しても辿る道は同じだ。

 追い詰められた丸山の取る行動は1つ。

 諦めて脱力したかと思えば、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべる。


「ああ、そうだ。そうだよ。僕は神条さんを脅していた。ここに彼女の恥ずかしい写真が嫌という程残ってるさ」


 スマホを手に取り、これみよがしにアピールする。

 自分が退学になれば、その報復として神条先輩もこの学校に居られなくする。それが丸山の選ぶたったひとつの道だ。

 そして、その次の言葉も決まっている。


「僕は神条さんの弱みを握って脅した。だからなんだ? 僕の後ろには美能がいる! 1年でも生徒会の権力くらい理解できるだろう? お前がどれだけ喚いても、退学になるのはお前の方だ!」


 美能がいるから自分は大丈夫だと宣言する。破滅するのはお前らだと、神条紗耶だけが被害を受けると高らかに笑う。

 しかしその手は既に封じている。


「残念だが、それは叶わない。美能は既に俺が抑えた。お前と美能との繋がりを知っているのがその証拠だ。あいつは全て吐いたぞ」

「なっ……」

「お前がどれほど喚こうと、お前の退学は揺るがない。神条先輩は退学しない。この学校を追放されたとなれば、お前の言葉なんて誰も信じない。外部で何を吹聴しようと、退学者の烙印を捺されたお前の影響力はたかが知れている」


 ここで俺はトドメをさすために、胸ポケットに仕舞っておいたボイスレコーダーを取り出す。


「お前の自白はありがたくいただいた。ゲームセットだな」


 今の丸山にこれが本物かどうかを判断できる冷静さはない。俺の言葉を事実として受け止め、退学を受け入れる他ないのだ。

 これで話が終われば楽だったが、全てを失い冷静さを欠いた人間には怖いところがあるのもまた事実。

 自暴自棄になった丸山はスマホを握りしめ、力いっぱい拳を振り上げる。

 喧嘩にも武道にも精通していない丸山の動きはひどく単調で、美能よりも遥かに躱しやすい攻撃だった。

 しかし、俺はその拳を頬で受け止める。

 拳が当たる瞬間に顔を拳側に動かしたおかげでひ弱な打撃でもそれなりに痛みを感じた。痣までは残らなくとも口腔内を切ったらしく、舌に鉄錆の味が染みる。


「くそぉっ! 何なんだよお前ぇ!」


 丸山がヒートアップする傍ら、俺は蘭華に視線を送ってほんの少し唇を動かす。


『やれ』と。


 俺の指示に呼応するようにビィーッと鋭い音が木霊する。

 その音は教室を越えて校舎全体、そして外まで轟く。

 突如響いた大音量の警告音に丸山は動きを止める。その隙に丸山の手を弾き、スマホを蘭華の方へと転がす。

 気が動転しているようで、丸山がその行動に反応する素振りはない。


「な、なんだよ急に」

「防犯ブザーだ。お前は暴力による現行犯で退学になる。証人は俺と蘭華、そして──」

「何の騒ぎかしら」


 ガラガラと教室の扉を開く音が聞こえた。とうとう彼女のお出ましらしい。

 丸山は俺に跨ったまま、怯えたように背後を振り向く。

 俺も顔を少し上げて、扉の前に立つ人物へと視線を送る。


「何故、あなたがここに……」

「質問に質問で返すのはやめてもらえるかしら。私は何の騒ぎかと訊いているのよ」


 有無を言わさぬ威圧感。胸の前に両腕を組み、鋭い視線を丸山に向ける高圧的な態度。ここにいる全員が彼女のことを知っている。

 現生徒会長──不夜城ふやじょう緋衣ひえは俺たちを一瞥し、状況を瞬時に把握する。


「察するに、丸山くんが天沢くんに暴行を加え、危機を感じた柳さんが持っていた防犯ブザーを鳴らして助けを呼んだ……といったところかしらね」

「ち、違う! こいつらが悪いんだ!」

「話を聞きましょうか。この学校では暴力を固く禁じられている。その前提の上で、暴力が許される正当な理由があるのなら、ね」


 混乱した頭では言い訳のひとつも思いつかないのだろう。丸山はギリっと唇を噛んで黙り込む。

 そうこうしているうちに、ブザーの音を聞き駆けつけたであろう先生が2名姿を見せる。


「これは何事だ。不夜城、説明しろ」


 厳つい顔つきの教員が緋衣に説明を求める。


「学内の見回りを行っていたところ、防犯ブザーの音が聞こえたので駆けつけました。原因は定かではありませんが、見ての通り2年生の丸山くんが1年生の天沢くんに暴力行為を働く現場を目撃した次第です」

「……そうか」


 別の学年の教員だろうか。見覚えはないが、厳つい顔で睨みを効かせると、さらに緊迫感が走る。


「丸山。天沢。お前たちには別室で話を聞かせてもらう。事によっては厳罰も覚悟してもらおう」


 彼の睨みですっかり萎縮した丸山はへなへなと力なく俺から降りた。

 このまま事情聴取に入ったところで丸山もこれ以上抵抗することはないだろう。

 しかし、もう一押しが欲しいところだ。

 言い逃れの隙もないほど丸山を追い詰める最後の一手。俺はひっそりとその時を待った。

 そして、願いは通じる。


「先生、何かあったんすか?」


 聞き覚えのある声に素早く顔を上げる。

 廊下に見えたその姿は、喜一と……神条先輩だった。

 やはりまだ残っていたか。2人でここに来たということは、喜一と神条先輩の関係は良好に纏まったと考えていいだろう。

 全てのピースは揃った。後は丸山が俺の思い通りに行動するだけ。

 横目で丸山を観察すると、彼は目を見開いて神条先輩を見ていた。

 その視線の先で神条先輩も怯えた表情で丸山を見ている。

 さて、総仕上げの時間だ。


「神条紗耶……」


 呻き声のような丸山の威嚇から逃れるように神条先輩は喜一の後ろに隠れる。


「お前のせいだ! お前が僕を誑かしたせいだ! お前のせいで僕は……僕は!」

「神条、どういうことだ?」


 教員からの追求。状況すら把握できていない彼女は答えることもままならない。

 そんな彼女を庇うように喜一が前に立つ。


「ちょっと待ってくださいよ。俺たちは今ここに来たんすよ。無関係っすよ」

「俺は神条に訊いている」


 想像以上の堅物が来てしまったようだ。神条先輩が悪者扱いされては計画が破綻する。

 どうにかこちらの問題に目を向けさせようと画策していると、緋衣が先に口を開いた。


「郷田先生。神条さんはまともに話せる状況ではないと推察します。延いては私から事情を説明させていただければと。よろしいですか?」

「よかろう。ただし、俺は生徒会役員であっても厳正な判断を下す。嘘偽りは」

「承知の上です」


 緋衣は一瞬俺に目配せをして、神条先輩の代わりに説明を始めた。

 神条先輩と丸山が恋人契約を結んでいたこと。それが進学目的であり、進級時に契約は解消されたこと。契約以降神条先輩と丸山の関係性におかしな点が見られるようになったこと。そして、生徒会は丸山の動向に不審感を抱き、丸山を監視していた・・・・・・・・・こと。その結果、丸山が神条先輩を脅して不適切な行為を行っているのではないかと突き止めたこと。

 彼女の言葉には虚偽のひとつもなく、生徒会長という立場もあってか、その一つひとつが妙に信憑性を与えていた。

 一通り話を聞いた郷田先生は話を飲み込むように何度か頷く。


「なるほど。神条、今の言葉に嘘偽りは?」

「あ、ありません。私は丸山くんに脅されて、恥ずかしい写真を撮るよう命令されました」

「そうか。では」

「待ってください! そいつらの言ってることは嘘です!」


 焦った丸山は声を荒らげるが、郷田先生は軽く窘める。


「安心しろ。お前にも確認するつもりだ。それで、どこが嘘だと?」

「どこって……全部ですよ、全部!」

「具体的に話せ。それではお前の言い逃れにしか聞こえん」


 墓穴を掘る丸山は何度か深呼吸をして気を落ち着かせる。


「僕が彼女を脅していたという話も写真を撮らせたという話も嘘です! そんな事実はありません!」


 なんとも間抜けな嘘だ。真実を語る証拠ならここにあるだろうに。


「丸山先輩がそう言うのなら、確認してみては如何ですか?」


 俺は口を挟んで蘭華から1台のスマホを受け取る。先程丸山から回収した、丸山本人のスマホだ。


「証拠として丸山先輩からスマホを押収しました。この中に神条先輩と不夜城会長が仰っていた真実が残っているはずです」

「ふむ。丸山、確認するぞ」

「ちょ、ちょっと! プライバシーの侵害ですよ!」

「お前のプライバシーと退学。どちらを天秤に掛けるかはお前次第だが、見せられないと言うのならお前の発言は信用に欠ける。この場にいる全員がお前を嵌めるために団結して嘘をついていると言うつもりか?」


 郷田先生の言っていることはもっともだ。

 これが丸山と神条先輩の2人だけで話し合われていることであればまだしも、俺や蘭華、生徒会長の緋衣に一応喜一もいる。5人が一致団結して丸山を陥れるほどの理由も証言も存在しない。

 郷田先生は抵抗をやめた丸山を尻目に俺が渡したスマホを確認する。

 1分も経たずして、判決は決まったらしい。


「丸山。お前の処遇は追って連絡する。この後生徒指導室で詳しい話を聞かせてもらおう」


 丸山が黒だという確証を持った判決。これで一安心だと、俺と緋衣を除く3人が胸を撫で下ろす。

 が、全てを失った人間の恐ろしさはここからだ。

 丸山は気が狂ったように笑い出し、神条を睨みつける。


「神条、お前は道連れだ」


 全てを失ったということは、これ以上失うものがないということと同義だ。

 即ち、自分の罪を暴露してでも神条の秘密を暴露する可能性があるということだ。

 現に今まさにその時が訪れてしまった。


「契約を結べば相手の秘密を握れるんだよ。神条、お前の秘密はこの学校に違反する行為だよなぁ?」

「や、やめろ──」


 喜一が止めに入ろうとするが今更遅い。蘭華も動きを見せたが俺が手で制止する。


「お前は契約を結ばずに複数の男子と付き合っていた。中学からずっと……この高校でもなぁ! 告白を断ったように見せて、その実男子と付き合ってみだらな行為に及んだ。それがお前の罪だ! ざまあみろクソビッチが!」


 息を荒くする丸山は勝ち誇ったように口角を上げる。

 矛先を丸山から神条先輩へと向けた郷田先生は静かながら重い口調で神条先輩に問う。


「今の話は事実か、神条」


 丸山の話に嘘は含まれるものの、複数の男子と付き合っていたことは紛れもない真実だ。神条先輩に否定することはできない。

 だが、俺には打開できる策がある。

 成り行きではあったが、早速役に立つ時が来たな。


「嘘ですよ」


 俺の声に全員が反応し、視線を集める。


「俺は昨日、神条先輩と契約を結びました。理由は今、丸山先輩が言った疑惑を確認するためです。俺も神条先輩の過去について疑っていましたから」


 郷田先生も俺を叱責することなく静かに話を聞いている。神条先輩が答えないと判断してのことだろう。


「その結果、神条先輩の抱える秘密は疑惑とは何ら関係の無い話だったと確認できました。丸山先輩の仰る話は全てデタラメです」

「お、お前何言ってんだ! 神条と契約? そんなハッタリが……」

「ハッタリではありませんよ。喜一、お前は今神条先輩と契約を結んでいるか?」

「え、お、おう?」


 急に話を振られた喜一は驚きながらも頻りに頷く。


「じゃあ確認できるよな。俺が神条先輩と契約を結んでいた履歴が残っているはずだ。時間は5分程度だったか」


 慌ててスマホを確認し始めた喜一は神条先輩のこれまでの恋人契約の履歴を見つけ、


「あ、あったぜ! 本当に契約してやがる……」

「郷田先生も確認してください」


 喜一にスマホを見せられた郷田先生は「確かに」と確認を取る。


「これで俺の話が事実だと証明できますか?」

「……確信はできんな。しかし、契約内容は教師であっても覗き見ることはできん。どちらの証言が正しいかはお前たちの事情聴取の後、厳正に判断させてもらう」


 やはり堅物。ダメ押しにはならないか。

 神条先輩の罪が少しでも軽くなれば……と思っていると、郷田先生は「だが」と続けた。


「丸山の行為は生徒として、人間として許されざるものだ。退学は免れないと断言しておこう」


 俺はその一言に呆気に取られた。

 まさか教員がこうも言い切るとは。まあ、丸山の行いは明らかに学校の理念に反するため妥当とも言えるが。

 最後の判決を下した郷田先生は言う。


「神条。お前の行いが事実であれ、お前がこれほど人に愛されているのもまた事実だ。悪いようにはしない。その点は安心したまえ」


 彼の見せる一縷の優しさに神条先輩は頬を濡らす。

 一方で最後の切り札を失った丸山は力なくその場に倒れ込んだ。

 こうして、ひとつの恋愛相談から始まった物語は幕を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る