15.期待外れ
「本題ですか。ずっと気になっていたんですよ。どうしてわざわざ俺だけを呼び出したのか。まさか、本気でデートを楽しむつもりじゃないでしょう?」
動揺を悟らせないよう平静を装う。
が、俺がどれほど隠そうと試みても彼女の失態が真実を物語っていた。
「話を逸らそうとしてももう遅いぜ、天沢。俺はさっきの柳さんの行動で確信した。天沢は冷静に振る舞うのが得意なようだが、柳さんにその指導をしなかったのは詰めが甘いんじゃないか」
やはり、美能先輩は彼女の挙動を見逃すほど甘くない。
蘭華は明らかに俺の存在を意識していた。どうしてここに居るのか。そんな感情が視線に出ていた。
人は突発的に出る反応に嘘を混じえることができない。
特に、予想だにしない出来事に遭遇した時、人は本性を露わにする。
しまった、と口にしそうな表情。動揺を隠しきれない。そんな無意識な反応が見て取れる。
コロコロと表情が移り変わる蘭華は、見ていて少し面白かった。
やはり、彼女には伝えなくて正解だったな。演技でこれほど良い反応はできなかっただろう。
蘭華の一挙一動で疑いが確信に変わった美能先輩は饒舌に語り始める。
彼がどこまで迫れたのか見せてもらうとしよう。
「天沢。柳さんがお前の言っていた情報源……そして、お前が関わったと言うもう1人の相談者で間違いないな?」
「どうしてそれを……」
我ながら演技が臭いな。驚いた顔を作れと言われても難しい。
俺としては30点の演技だったが、美能先輩は気分が良いのか不審に思う様子はない。
気分が高まると判断力や思考力が極端に下がるのは彼の悪いところだ。
「簡単なことだ。天沢は体育祭の日に堀本くんの他にもう1人、恋愛相談を解決したと言っていたな」
「そうですが、それが何か……」
「この話のキモは体育祭の日に2つの恋愛相談を並行して解決に導いていたということだ。体育祭の日に契約が締結されたカップルは堀本くんを含めて4組。その中で天沢の接触が確認できたのは堀本くんだけだった」
「俺が嘘をついたと?」
そんな馬鹿げた結論には至ってくれるなと思いながら、念の為に確認する。
当然、美能先輩がその程度の人間であるはずもなく「そうじゃない」と首を振る。
「気になったのは天沢の選んだ言葉だ。天沢は恋愛を『成就させた』とは言わず、『解決した』という言葉を選んだ」
「言葉のあやでしょう。無意識ですよ」
「言ってないと嘘をつかないのは賢明だが、柳さんにたどり着いた以上それがヒントになったことは間違いない」
そこに気付くあたりは流石の一言だ。
普通なら恋愛相談と聞けば『誰々と付き合う手伝いをしてほしい』という内容が真っ先に思いつく。
そして体育祭の日に交わされた恋人契約から俺が絡んでいる相手を探し出すだろう。
体育祭に恋人契約を結んだ4組の内、2年生はたったの4人。
たったそれだけの人数だからこそ、念入りに調べれば見つけ出せると考える。
その結果、東雲は昨日だけで対象となる4人に声をかけたことは確認済みだ。
しかし、それではたどり着けない。
「恋愛に関する話にも種類は多様だ。誰かと付き合いたい。誰かの情報が欲しい。誰かと誰かを付き合わせたい。或いは、別れさせたい」
美能先輩は自信のある表情を浮かべ「そして」と続ける。
「誰かに嫌われたい、とかね」
良い読みだ。その考察はほぼ正解と言える。
俺が受けた相談は「ある人からの好意を自分に向けさせないでほしい」というものだった。
好かれたくないことと嫌われたいことは似て非なるものではあるが、今回に至っては取るに足らない違いでしかない。
俺が表情を変えずに彼の言葉を待っていると、少し不機嫌そうに顔を歪める。
俺が動揺しないことが気に食わないらしい。
「誰に嫌われたいかは天沢の行動を辿れば自ずと答えが出た。とある2年生が考え無しに『1年の堀本ってやつが私のことを好きみたい』と言いふらしていた人物が居たからな。それなのに、結果として堀本くんはその2年生ではなく、同じ1年生の女の子に告白されて付き合うことになった。天沢が情報源としていた相手が2年生で、2つの恋愛相談を解決したと言うのなら、堀本くんから嫌われたいと相談したであろう……柳さんしかいない」
美能先輩は蘭華を細く歪めた目で見やる。
並べ立てられた事実を否定するための言葉を探し、蘭華は視線を左右に降った。
少しの沈黙を置いて、彼女はようやく口を開く。
「い、意味わかんないし。私がそこの1年と何があったって? 今日初めて会ったのに、そんなこと言われても意味わかんないから」
壊滅的な語彙力で必死に否定するも、美能先輩は嘲るように笑うだけだ。
「君に事実確認するつもりはない。どれほど事実を突き立てても認めないだろうからな。でも、天沢はどうかな?」
美能先輩の言葉を皮切りにこの場にいる4人の視線が俺に集まる。
勝ち誇った美能先輩は、ニヤリと口角を上げて追撃する。
「さあ、選べよ天沢。俺と地獄まで付き合うか、1人で地獄に落ちるか。俺が上だったと認めるなら、この件は学校側に報告せず穏便に済ませてやるが……どうする?」
よくそこまで調べ上げた。まさか俺が隠していた真実に辿り着くなんて。
そう言ってやりたかったが、残念ながらここまでらしい。
正直、期待外れだ。
「……そうですね、認めます。俺が情報源として頼っていた相手、俺が解決した恋愛相談を持ちかけた3人目は柳先輩で間違いないです」
「ちょっと!」
俺が認めたことで蘭華は焦りを見せるが、俺もこれ以上の真実を口にするつもりはない。
蘭華に視線を送り彼女を制止する。
嘘の中に真実を混ぜると、途端に現実味が増す。
この場合、情報源としていた2年生が蘭華であることは真実で、恋愛相談を持ちかけた相手については嘘だ。
美能先輩が俺が小出しにした情報を俺からの意図的なヒントだと察するなら、多少の見込みもあっただろう。
美能先輩の下について、彼のこの学校での取り組みを見届けるのも悪くないと思っていた。
しかし、美能先輩から新たな疑念が生まれる様子はない。
自分で導き出した答えに対する揺るぎない自信。用意したダミーの前でわざわざ推理ショーを披露する自己顕示欲。先日の仕返しと言わんばかりにたった1日で仕掛けてきた負けず嫌いな子供のような精神力。
どこを取っても評価に値しない。少しでも彼に興味を持った俺が馬鹿らしい。
やはり生徒会に入るのなら、この手で彼の座を奪う方が面白そうだ。
早いところ話を切り上げようと思ったが、1つ気になることがあり、最後にそれだけ聞いておくことにした。
「どうして東雲には伝えず、赤の他人である諸岡さんや木下先輩が居るこの場で話したんですか?」
東雲は少なからず美能先輩を慕っている様子だった。
俺はてっきり東雲が美能派閥だと思っていたが、実際にはこの場に東雲を呼ばず、あろうことか事情を知らないはずの他人に俺の隠し事を聞かせた。
東雲の件は大方想像できるが、後者に関してはよくわからない。
俺に勝ったつもりでいる美能先輩は、自分が釣られているとも知らずに意気揚々と答えた。
「天沢があの場で全てを話さなかったのは、柳さんの存在を誰にも知られたくなかったからだ。その意図を汲んだんだよ。穂澄さんたちに聞かせたのは、天沢が今後困った時の力になってくれる存在だからだね。胡桃さんはちょっと頼りにならないけど」
「ヒロ、さりげにディスんないでよ。このこのっ」
木下先輩に髪をくしゃくしゃにされ、美能は擽ったそうに目を細める。
ああ、面倒だ。
美能のつまらない嘘に付き合うのも。このくだらないお遊戯会を見せつけられるのも。
これ以上は新たな情報にも美能にも期待できそうにない。
本当に残念だ。
「東雲が会長の派閥ってことはもうわかった。で、その2人は?」
明らかにその場の空気が変わる。
どうせこの男には期待できない。俺の過去に辿り着くことすら不可能だろう。
その程度で俺を手懐けるなんて、夢のまた夢だったな。
冷めた空気をさらに凍てつかせる鋭い視線が俺を射抜く。
「天沢。俺に言い当てられたからって不貞腐れてんのか? 先輩に対する態度は改めた方がいい」
「答えないならそれでいい。蘭華、俺は先に帰る」
「え、ちょっと待ってよ! 3分……いや5分でいいから!」
「何で増えるんだ……まあ、いつもの場所に居る」
「りょ! すぐ着替えてくる!」
蘭華が軽快な足取りでバックヤードに消えたのを確認して席を立つと、低く吠えるような声で呼び止められる。
「お前、どこに行くつもりだ? 約束を破棄してもいいのか?」
「別にどうだっていい。神条先輩の件は元々俺が解決する予定だったんだ。恋人契約は最悪、蘭華と結べばいいしな」
「生徒会はどうする気だ。生徒会長様に嫌われてるお前じゃ入会は不可能だろ」
入る手立てがないわけではないが……わざわざ話すことでもないな。
「悪いが、生徒会そのものには差程興味がないんだ。東雲と付き合えないのは残念だが、あんたの下で働くほど俺は安くないからな」
「てめっ……」
「あと、蘭華を人質に……なんて考えはやめたほうがいい。あれはただの情報源だ。使えないとわかればすぐに切り捨てるだけだからな」
最後にそうハッタリを付け加えておく。
蘭華は俺にとって重要な人物だ。今失うのは痛い。
蘭華に危険が及ばないようにする予防線でしかないが、冷静さを欠いた美能を騙すには充分だろう。
話もそこそこに店を出ようとしたところで、背後から勢いよく椅子が倒れる音が響く。直後、スっと伸びてきた腕。
ジャケットの襟に届きかけたその手を軽く払う。バランスを崩した美能はそのまま俺に突っ込んできた。
即座に右手を脇に滑り込ませ、空いた左手で手首をしっかりと掴む。咄嗟のことに反応できず、なされるがままの美能の胸ぐらを右手で掴み、勢いを利用して投げ飛ばす。
軽く宙に浮いた美能は重力に任せて背中からフローリングに叩きつけられ、呼気を漏らして苦痛に顔を歪ませた。
誰も予期していなかった光景にその場にいた諸岡さんたちも息を飲む。
痛みに苦しむ美能を見てようやく状況を理解した諸岡がカウンターを飛び出すが、俺に迫る前に木下先輩が彼の腕を掴んだ。
「あ、あの子ヤバいって!」
「そんなこと言ってる場合か? 裕貴が怪我させられてんだぞ!」
「それはそうだけど! さっきあの子の体に触ってわかった。体つきは細いのに、やけに筋肉質だった。岩に触ったのかってくらい硬かった。正面から殴り合って勝てる相手じゃないよ!」
へえ、なるほどな。木下先輩は軽薄そうな見た目とは裏腹にちゃんと状況分析ができているらしい。考え無しに突っ込んできた美能や今にも暴れ出しそうな諸岡より冷静に物事を見ている。
「この学校じゃ至るところに監視カメラが設置されてんだ。今回の件は暴力事件として報告するぞ」
木下先輩に引き止められ、諸岡はそう吐き捨てる。
ああ、こんな相手に憧れを抱いてしまったから美能は世界の広さを知らずに育ってしまったのか。
「この店に設置されたカメラは4箇所。カウンターを背にレジと店内が見渡せる場所。その対面に1箇所。そしてバックヤードに入ってすぐの休憩所と、そこにも1つ」
俺が指をさした先にはこちらをじっと見ている監視カメラが天井に固定されていた。
「下調べは済んでいる。その上で俺は、正当防衛とわかるようにカメラから全て見える位置で美能に対応した。どうあってもこれじゃ俺を退学にできる証拠にはならない。むしろ、美能の問題行動が露見するだけだ」
「そんなもん、映像を加工すりゃ」
「尚更無理だな。そんな小細工がこの学校で通用すると思っているのか? 美能とは地元の知り合いだと言っていたが、この学校の出身者ではないらしいな。良い土産話ができた」
逆に俺が今起こったことを学校側に暴露して、美能の動きを封じるのは簡単だ。
しかし、それでは美能を退学に追い込むまでには至らないのもまた事実。
美能が起き上がってこれ以上の暴挙に出てくれれば楽だったが、どうやら心が折れてしまったらしい。浅く呼吸を繰り返すだけで動く様子もない。
問題は諸岡の方か。想像以上に美能との信頼関係は厚いらしい。
無駄だとわかっていても仕返しのために蘭華に手を出すことは考えられる。
「木下先輩」
俺に名前を呼ばれた彼女は、ピクリと肩を震わせてゆっくりとこちらに目を向ける。
「あんたが一番賢明そうだ。蘭華に何をしようと俺にダメージはないが、それ相応の報いは受けてもらう。あとは……どうしたらいいかわかるな?」
「わ、わかってる。あの子は多分裏口から出て行くから、それまでは2人が裏に入らないように見張ってる」
「それでいい」
店の扉に手をかけると、今度は木下先輩が俺の名前を呼んだ。
「あんた、何者なの?」
「質問の意味がわからないな。俺は武道の達人でも卓越した頭脳の持ち主でもない。ただの高校生だ」
「じゃあ、聞き方を変える。私たちのこと、どこまで知ってるの?」
「さあな。あんたがこちら側につくなら教えてやる」
俺が持つ情報をわざわざ彼らに聞かせる必要はない。
これ以上の会話は不要と判断し、俺は店を後にした。
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