2.恋情養成高等学校

 喜一の今後を綴っていく上で、この学校についても説明しておかなければならない。

 話は入学式まで遡る。

 俺と喜一が入学したのは『恋情養成高等学校』と呼ばれる国立高校だ。

 入学式を迎えたその日、俺たちは広大な敷地を持つこの学校に期待と不安を抱えながら学校についての説明を受けた。


 恋情養成高等学校は、社会から隔絶された稀有な学校だ。

 全校生徒は敷地内の寮で生活し、敷地外への外出は基本的に禁止されている。

 外部との連絡も同様で、教員に申請書を提出し、許可が下りてやっと自分の携帯や校内の公衆電話で連絡が取れるという。そのルールを行使するために、個人の携帯電話や通信機器は全て入学式の日に教員が預かる徹底ぶりだ。

 恋愛のためにそこまでする必要があるのかという疑問はあるが、その分生徒には不自由ない生活が約束されている。

 食事をする場所には困らないほどの飲食店が立ち並び、日用品売り場や娯楽施設まで用意された至れり尽くせりな対応だ。

 当然、何から何まで無制限で利用できるということはないが。


 生徒数としては、各クラス男女15人ずつの30人編成。各学年は4クラス存在し、総生徒数は360人に至る。

 ……というのは理論値であり、2,3年生には退学者が出ているらしく、実際には330人程度だ。

 なぜ退学者が出るのか。それはこの学校が設立された目的に関係する。


 恋情養成の名の通り、この学校は恋愛のいろはを学ぶために数年前に設立された新設校だ。

 年々悪化する少子高齢化。出生率は下がり続け、改善は到底見込めない。

 これらの問題はいずれ、労働者の低減、個人資産の減少、さらには経済の不況にまで進んでいくとされている。

 それらを危惧した日本政府は高校までの授業料無償化を提唱。そして、出生率を上げるために『恋愛増進法』を制定した。

『恋愛を迎合する社会』『出産に優しい社会』を目指すため、会社における産休や育児休暇を義務化し、コンパや婚活パーティーを各自治体主導で行う等の対策を取った。

 それらの政策のひとつがこの学校だ。


『恋愛の基礎とコミュニケーションを学ぶ場』として設けられたこの学校は、全国から募った希望者にあらゆる試験を受けさせ、選ばれた若者たちに恋愛を経験させることを目的としている。

 社会におけると男女の出会いは学生時代に比べると極端に少ない。

 学生時代は大層モテたのに、社会人となって出会いに恵まれず婚期が遅れる人間も少なくない。

 そこで、高校生という青春の権化とも呼べる時期に恋愛を経験させ、行く行くは学校で出会った相手と結婚、出産へと導き、日本の繁栄に繋げようという話らしい。

 この学校で望む相手に出会えなくとも、学校で学んだ恋愛のノウハウを糧に少ない出会いから確実に恋を成就させられる。

 どちらに転んでも培われた経験というものは無駄にはならない。

 この恋情養成高等学校は日本政府の思想を色濃く反映させた学校と言える。


 当然、真っ当な恋愛観を育むためにはそれ相応の教育も必要だ。

 無闇に自由な恋愛の場を与えて勝手な真似を許してしまうと、過度な束縛や亭主関白的な思考に陥ったり、望まない恋愛を強いることにもなりうる。

 そのため、純心な恋愛思考の育成を遂行すべく、この学校では他には無い特殊なルールが校則として制定されている。


 その内の一つが『ステータス』だ。

 学校内の生徒たちは日々の生活態度や試験の結果から評価に応じた『ステータス』が与えられる。

 そのカテゴリは『容姿』『学力』『運動能力』『社交性』『適応力』の5種類で、学校独自の指標によってEからSの評価でランク付けされる。

 例えば俺なら


容姿:B

学力:B

身体能力:C

社交性:D

適応力:D

総合評価:C


 といった具合だ。

 これらの評価は入学時に全生徒に与えられたスマホ端末から確認できるため、少しでも評価を上げておけば人の目も自ずと変化していくだろう。

 この指標に何の意味があるのかは疑問だが、個人の能力を明確化しておくことで自分を誇大評価し他者を騙したり、一般的な審美眼を植え付けておくことを目的としているのだろう。


 それに、各生徒にはこの評価に応じた生活資金も与えられる。

 詳しい内訳は伝えられていないが、俺で言えば月に1万5千円程度。

 他人の資金が確認できないため金額の善し悪しについては見当もつかないが、普通に生活する分には困らない。

 この資金は敷地内のあらゆる店舗で使用できるため、恋人と遊ぶも良し、贅沢して美味しいものを食べるも良しといったところだ。


 そして、万が一にもこれらの評価が学校の掲げた指標を下回る場合には不適合者として退学となる。

 とはいえ、この指標のせいで退学になる生徒は年間精々片手で数えられる程度。

 問題なのはこの学校特有の制度である『恋人契約』とそれに纏わる試験なのだが……今は関係の無い話だな。


 さて、この学校についてまとめながら現状に目を向けてみる。

 が……どうしたものか。

 俺の親友、岩下喜一はひとつ上の先輩、神条紗耶に好意を寄せている。

 俺は2人の恋のキューピットとして駆り出されたわけだが、恋愛に疎い俺がそう簡単に解決の糸口を掴めるはずもない。


 まず行ったのは2人のスペックの確認だ。

 端末の情報を上から下へと流していく。


岩下喜一

容姿:A

学力:B

身体能力:B

社交性:A

適応力:B

総合評価:B+


 ざっと見ただけでも悪くない評価だ。水準以上、少なくとも俺以上のステータスであることは間違いない。

 容姿は勿論、授業の成績や身体能力も悪くない。社交性については俺から見ればSと言っても過言ではないが、上には上がいるということだろう。良くも悪くもオールラウンダーと言えるステータスだ。

 普通に生活していれば異性関係に困ることはない。喜一なら一度決めた相手のことは大切にするし、喜一を嫌う女子もそう居ないだろうしな。

 しかし、今回は相手が問題だ。

 画面を切り替えて『神条紗耶』のページを開く。


神条紗耶

容姿:S

学力:A

身体能力:A

社交性:B

適応力:A

総合評価:A


 何度確認してもバケモノだな。

 学力、身体能力は文句なしのAランク。物事に対する柔軟性を示す適応力もAと隙がない。社交性だけが若干低いが、それでも並以上のスペックはある。


 何より、特筆すべきはその容姿。

 容姿のS評価というのは、この学校では大きな意味を持つ。

 と言うのも、容姿でSの評価を持つ生徒は学内で男女5名ずつしか存在しない。

 何を以て容姿の評価としているかは俺の察せるところでもないし、人の見た目に評価を付けるとは失礼極まりない話だが、神条紗耶の評価については俺も納得する部分がある。

 何度か顔を合わせた程度だが、異性にそれほど興味のない俺でも美人だと思った。


 同じページに載っている写真を見ても一目でわかる。

 学校が用意した写真だから無加工なのは当然として、化粧もろくにしていないと見える。無表情でありながら視線が吸い込まれそうな妖艶な雰囲気。人間離れした美貌とは彼女を指すのだと思えてくる。


 不思議なものだ。彼女ほどの人物であればどんな男でも選び放題だろうに、当の本人は告白を尽く断っているのだから。

 早いところ理想の相手と契約を結んでくれれば喜一も諦めがつくというのに。


 早くも白旗を揚げたくなる状況に辟易し、スマホをベッドに放る。

 枕にストンと体を埋めたスマホを見て俺もベッドに横たわった。

 喜一と神条先輩とのステータスの差は歴然。まだ努力次第で手が届きそうなのが救いであり、同時に絶望を与えてくる。

 俺のように全く手が届かない存在であれば早々にリタイアできるし、諦める方向に運ぶこともできた。

 しかし、喜一のステータスが中途半端に高いせいでそれも難しい。喜一の性格を考えてもやる前から諦めるような人間ではない。


「さて……例の件もあるし、どうしたものか」


 喜一と約束してしまった以上、できる限りのことはやってみるしかない。

 神条先輩と接点を持ち、喜一に繋げる。まずはそこからだ。

 最終的には恋人契約を結ばせる必要があるが、俺が大きく関与することはあまり好ましくない。

 その先は喜一の動向も関わってくるから、どう転ぶか読めないのが本音だ。

 相手からの心象を考えるのであれば、俺が喜一の遣いとして接触するという事実も隠さなければならない。

 あくまで俺と神条先輩が自然に出会い、親友の喜一を紹介。そして自然に2人の仲が……という流れが妥当なところか。

 これはゲームや小説から得た知識でしかない。しかし、この現状もゲームに見立てることはできる。

 プレイヤーである俺が喜一というキャラクターを操作し、面識のない男女の仲を取り持って、恋愛感情を抱かせ、恋人契約を結ばせる。

 俺が直接手を貸すのはその最初の段階までだが、2人が接点を持つことになれば多少のサポートは可能だ。

 喜一の願いは『神条先輩と付き合えるように力を貸してほしい』ということだった。

 となれば、最終目標である契約がゲームクリアの条件となる。

 契約後は喜一が努力する番だ。俺がどうこうできる問題じゃない。


 と、方向性が固まってきたところでスマホが小刻みに震えた。喜一からのショートメールだ。


『神条先輩の件、ほんとに頼んだぞ! 今更辞めるなんてナシだからな!』


 こちらが真剣に考えている時になんとも失礼なやつだ。あまり信用されていないのか。


『心配しなくても考えてるところだ。喜一も俺に頼ってばかりいないで、自分で模索してみろ』


 少しトゲを出して返信しておく。情報収集に関しては俺よりも喜一が得意とするところだし、喜一もその点は理解しているだろう。

 最も難しいのは最初のきっかけだ。何も無い状態から接触しても相手にされないか、最悪警戒心を剥き出しにされる。

 神条先輩の人物像から考えて、彼女が俺を警戒した時点で俺の関与する余地はなくなると考えていい。

 相手が俺であればまだいいが、喜一に対して不信感を抱かれてしまえば修復は困難だ。

 最初の一手。その一手を指すためには喜一の情報収集が必要不可欠だった。

 まあ、真っ先にスリーサイズを調べていた時点で期待はしていないが。

 1週間は様子を見るべきか、最初から喜一にも同席させるべきかとあらゆるパターンを巡らせていると再び通知が鳴る。


『早速朗報があるぜ! 神条先輩と同じクラスのマネージャーから聞いた話なんだけどさ──』


 淡い期待とは裏腹に早くも情報を集めてきたらしく、文面から神条先輩の新たな顔が浮かんでくる。

 俺は何度か内容を読み直し、イメージを組み立てる。そして(本当にこれでいいのか?)と何度も首を傾げた。

 喜一からもたらされた新情報は俺が持つ神条先輩の人物像とは大きくかけ離れていた。

 ギャップの一言では片付けられない幼稚さ。見た目は大人びているのに、中身が成熟していない歪さが俺の思考を鈍らせる。


 いや、せっかく得られた新情報だ。試してみる価値は充分にある。と、思いたい。

 同じ1年生からの情報であれば疑いに傾いたかもしれないが、情報提供者は神条先輩と一年過ごした友人だと言う。ガセネタを掴まされたとは考えにくい。

 信憑性については半々といったところ。自分で見極める必要があるのは確かだ。作戦の根幹に関わる部分で5割程度の信頼度では出鼻をくじかれることもある。

 ……それはそれで面白いかもしれないな。

 決行は3日後の昼休みにしよう。他にも少し探っておきたいこともあるし、放課後になれば出会える確率はグッと下がる。

 俺は出会いという大一番のイベントに向けてイメトレを繰り返し、その度に疑念を抱きながら眠りについた。

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