恋愛学園のアンテロース
宗真匠
第1章
1.恋愛相談から始まる在り来りな物語
事の発端は、親友に持ち掛けられた『ある相談』だった。
皺の多いおじいちゃん先生による現国の授業。のんびりとした口調と暖かい日差しに誘われた眠気と闘う時間。
そんなゆったりと流れる時間を終えた放課後にその話は舞い込んできた。
「神条先輩と付き合えるように力を貸してくれ!」
何の前置きも無しに最寄りのカフェに呼び出したかと思えば、親友の岩下喜一はそう言って頭を下げた。
好きな人と付き合いたいから手伝いをしてほしい。
その頼み自体はよくある話だ。実際に俺がその相手に選ばれるのは初めてだったが、ゲームや小説ではよく見聞きしたこと。
第三者の協力を得ることで遠回しに相手へ想いを伝えたり、好きな相手の情報を得られる手段を増やしたり、外堀を埋めて告白を成功させやすくする。
恋愛相談にはそういった目的があると思っている。
だが、今回に関してはどうも頼む相手が悪いと言わざるを得ない。最初はそんな感想を抱いた。
少しだけ自分語りをすると、俺は大した取り柄もない至って普通の高校生だ。
学力や運動能力は並。容姿は悪くないという自負はあるが、これまで浮ついた話もないことから良いとは言えない。
趣味らしい趣味もなく、特技と呼べるものもない。改めて自分を見つめ直しても特筆すべき点が見つからないのは悲しいところだ。
当然、恋愛経験もろくになければ、友人も少ない。全体的に並の自己評価を下したが、コミュニケーションに難があるのは間違いないだろう。
それが俺、天沢祈織というつまらない人間のステータス。何とも列挙して虚しくなる内容だ。
つまり、恋愛とは程遠い俺に恋愛相談を持ち掛けたところで、結果は見えていると言いたい。
俺に伝書鳩の役割は担えないし、情報収集を行うにはコミュ力が足りない。
俺ほど恋愛相談の相手に向かない人間も居ないと思うが、喜一は何を思ったか俺にその大役を任せたいらしい。
喜一は俺と違って交友関係も広い。他にも頼れる相手は居ただろうに、俺にその話を持ちかけたことに疑問があった。
「なんで俺なんだ。神条先輩とは何の接点も無いぞ」
「親友だからだよ。俺が本気の相談を出来るのはお前しかいないんだ」
想像を遥かに超えた安直な理由に目を細める。
俺が勝手にそう思い込んでいる訳ではなく、喜一も俺を親友として頼ってくれるのはありがたい話だ。
しかし、不得手なことに首を突っ込めば痛い目を見るのは明らかで、俺には一切のメリットがない。
親友には悪いが、俺は平和で穏便な学園生活を守るため、相談を断ることにした。
「神条先輩って確か陸上部だったよな。うちのクラスの阪上とか、女子なら平野とかに仲介してもらったらどうだ?」
遠回しに他の人物を頼るよう勧めてみるが、喜一は首を横に振る。
「平野はそんなに話したことねえし。阪上は……」
「既に断られたか?」
「いや……あいつも神条先輩狙いなんだよ」
「なるほど、それは相談できないな」
恋敵に恋愛相談を持ちかけたところで、まともに取り合わないか邪魔をされるのがオチだろう。
同じクラスで既に2人。学年中を探せば神条先輩に好意を寄せる人間は両手で数え切れないほど居るのだろう。
やはりこの学校の評価システムはそれだけの効果があるということか。
評価を見ればその生徒がどれ程優れた人物なのかがひと目でわかる。神条先輩はまさにその評価で得をしている側の人間だ。
神条先輩を恋人にしようという生徒の中には、評価だけにしか興味がない生徒も少なくないだろう。本気で好意を抱いている人間が何人居るかは甚だ疑問だ。
喜一がどちらに属するかは親友を続けてきた俺には手に取るようにわかるが、それでも俺は乗り気じゃなかった。
どうにか断り文句を模索しながらストローでカラカラと氷を鳴らしていると、喜一がじっと眉根を寄せて俺を睨んだ。
「まさか、祈織も神条先輩狙いか?」
「そんなまさか。俺は色恋沙汰に興味は無い」
「だよなぁ。学内随一の変わり者だし」
「別に俺だけじゃないだろ。探せば他にも」
「居ると思うか?」
「……可能性は低いだろうな」
俺があっさり折れたことが面白かったのか、喜一はケタケタと喉を鳴らす。
この学校のシステム上、仕方のないことだ。
ここに入学した生徒のほとんどは学校生活で恋人を作ることを目的としている。
ほとんど、というのは少なくとも俺は違うということ。俺以外に俺と同じ目的の生徒が居るかは不明だ。可能性は限りなくゼロに近い気はしている。
「祈織もちゃんと整えりゃ良い感じの見た目になるのにな」
俺の協力が得られないと悟ったからか、話題は俺個人の話へとシフトする。
顎に手を当て、品定めをするような視線が上から下へと流れていく。
「多少弄ったところで変わらないだろ」
「そうでもないぜ。隣のクラスの堀本は髪切ってコンタクトに変えただけで評価も上がったらしいし」
「へえ。あの評価って結構杜撰なんだな」
「いやいや。実際に告られたらしいから評価は妥当だろ」
学校側が独断と偏見で下した評価を真に受けるのは癪だが、結果が出ているなら否定もできない。
堀本が相手の女子と上手くやっていることを願うばかりだな。
「祈織もせっかくこの学校に来たんだからさ、もっと評価上げる努力しようぜ。んで、サクッと彼女作ってダブルデートとかしてみてえんだよ。な?」
「俺は……」
「興味無い、だろ? 分かってるけどさ、学校のルールがあるんだから、祈織だって避けて通れないんじゃねえの」
「それはそうだな」
ダブルデートという未来を想像して目を輝かせる喜一。その未来の実現性は置いておくにしても言うことは最もだ。
俺がどれほど恋愛に興味が無かろうと、この学校に在籍している以上恋愛は切っても切り離せない存在だ。
入学して既に2ヶ月。体育祭という最初のイベントも終え、時間の流れの早さを実感させられる。
このままではあっという間に期限の1年を迎えることだろう。
外界と断絶されたこの学校に入学できたというのに、たった1年でその生活が終わってしまうのは少しもったいない。
「それにさ、彼女が居たらお前の退屈も少しは紛れるかもしれないぜ」
爽やかな笑みを浮かべ、喜一は親指を立てた。親友だけあって俺のことを少しは理解しているらしい。
趣味が無ければ興味がそそられる嗜好もない。俺は酷くつまらない人間だと思う。
だらだらと生きてひっそりと死んでいくのが自分の人生だと割り切っているし、俺自身それを苦だとは思わない。
その反面、刺激を欲していることも確かだ。代わり映えしない人生にちょっとしたイレギュラーが起こることを望んでいる。
誰だって同じだ。
例えば、発熱で学校を休んだり。例えば、体育祭や文化祭のような行事があったり。他にも大雪で登校禁止になったり、校庭に犬が迷い込んだり。果ては学校にテロリストがやって来たり、突然デスゲームが始まったり。
そういう非日常的な変化を誰もが求めていて、それは俺も例外ではない。
違いがあるとすれば、多少の刺激や変化では俺の興味は掻き立てられないということだ。
この16年弱という短い人生で、俺は既に人とは違う道を歩んできた。俺と同じ経験を積んだ人間なんて、世界中探しても0.001パーセントにも満たないだろう。
俺が求めるのは、俺の人生に変化をもたらすほどの強い刺激。
勿論、テロリストだのデスゲームだのと物騒な話は勘弁願いたいが、この特殊な学校に入学したのもその刺激を求めていた側面が少なからずある。
だからといって、恋愛が俺の求めるものに該当するかと言われると……
「変わるとは思えないな」
少し考えてみたが、それが俺の結論だ。
恋愛なんてただのお遊びだ。好きだなんだと嘯いて、言葉遊びに一喜一憂する。想像するだけでくだらない。
誰かを好きになるとか、本気で愛するとか、口で言うのは簡単だがそう単純な話じゃないと思っている。
財力が目当てだろうと恋人のスペックが目的だろうと否定する気はないし、否定できる立場でもない。
しかし、愛情を知らない俺にとって愛のない恋愛には意味を見い出せない。いや、愛情を知らないからこそ恋愛に理想を抱いていると言うべきか。
若気の至りと言われる学生の遊びのような恋愛には興味が無い。この学校の存在意義にすら異議を唱えたいところだ。
ともすれば、恋愛という未知の概念に手を付けるのはもっと先でいい。
人を知り、社会を知り、真っ当な思考を持つようになってからでも遅くはないはずだ。
恋愛観に思考を割いていると、喜一がドリンクを机の端に寄せて顔を近づけてきた。
「過去のこと引き摺ってんなら一旦忘れろ。この学校にお前のことを知ってるやつは居ねえ。お前は新しい一歩を踏み出していいんだよ」
「新しい一歩、な」
「余計なこと考え過ぎなんだよ。俺たちはまだ高校生だぜ? 遊びだろうと本気だろうと、恋愛ってどんなもんなのか、愛情って何なのかを学ぶ目的でも悪くないだろ」
「なるほどな」
若いからこそ失敗しても遊びでもやり直せると喜一は言いたいのだろう。
国の御触れとは少し外れる気もするが、喜一の言い分は理解できる。
部活や学業でも同じだ。失敗して経験を積んでさらに学ぶ。それが最終的な成功に繋がっていく。
俺が初めて恋愛をするのは数年後か、数十年後か、或いはその時は一生来ないのか。もしかするとこの学校で、ということも。
いざその時が来て、本当に退屈でくだらないものだった時、俺はどんな行動に出るのだろうか。
相手を傷つけて全てを捨てるか。我慢して生涯を終えるのか。未来のことはまだわからない。
ひとつ言えるのは、同じ失敗を経験するなら早いに越したことはないということ。それも間違いではない。
最終的に恋愛に興味が持てなくとも、知らないままで切り捨てるよりはマシ、か。
何もしなければ変化なんて起こらない。周囲を変えるには自分が変わらなければならないとは誰の言葉だったか。
俺は背もたれに体重を預け、考えを改める。
退屈なまま学校生活を終えるよりは、恋愛という新たな境地に楽しみを見い出す方が有意義かもしれないと思った。
「わかった。俺も少し動いてみよう」
「お、やる気になったか?」
「まあな。喜一のおかげだ」
俺にとっては退屈しのぎでしかないが、水を差すのも良くないだろう。
照れ笑いをしながら鼻を掻く喜一を横目に溶けた氷で薄くなったカフェラテを吸い上げる。
ここまでの流れは大方予想通りだな。
喜一の口から神条紗耶の名前を聞いた時にはとんだ僥倖だと舞い上がったが、遠回りして正解だった。
おかげで喜一が訝しむ様子もない。今なら神条について探っても何ら違和感はないだろう。
「さっきの相談、俺に協力させてくれないか?」
「相談って……神条先輩と付き合いたいって話か?」
「ああ」
「お前、もしかして神条先輩を……」
「狙ってない。最初から誰かと付き合うのは難しいから、まずは人の恋路を見てみようと思ってな」
「んだよ、ビックリしたぜ。そういうことなら俺からも頼む! あの鉄壁の要塞を陥落させてやろうぜ!」
鉄壁の要塞なんて呼ばれているのか。不名誉なあだ名だ。
しかし……要塞の攻城戦と考えると、高校生活を惰性で終えるよりは面白そうだ。
俺の気まぐれで一転して協力を得られることになった喜一は、手放しに喜びの声を上げていた。
俺が協力するからといって、無策のままで告白が成功するはずもない。となれば、まず重要なのは情報収集だ。
神条先輩と俺との間には接点も間接的なコネクションもない。放課後に数度見かけた程度だ。
城を攻め落とすには地形や総戦力の情報が必要なように、意中の相手を落とすにも趣味嗜好や恋人の遍歴といった情報が少しでも多く欲しいところ。
さしあたって、喜一にも聞いておかなければいけないことがある。
「神条先輩に相手は?」
「居ねえって。神条先輩は誰とも付き合わない氷の女王だしな。それに、俺も契約済のSランカーを狙う度胸はねえよ」
「それもそうか。よく進級できたな」
「タイムリミットギリギリにクラスの男子と契約したらしいぜ。1ヶ月経ってすぐに解除したらしいけど」
「相手も不憫だな」
進級のためだけに付き合う。これもひとつの恋愛と呼べるのだろうか。いや、恋愛経験の無い俺にもこれは違うと判断できるな。
誰もが2度見……どころか視線が釘付けになる美貌を持ちながら、恋愛に興味が無い。そのくせに、恋愛を推進させるこの学校に入学してきた生徒。まさに宝の持ち腐れだな。
そう考えると、俺も神条先輩に少し興味が湧いてきた。もしかすると彼女も俺と似たような人物なのかもしれない。
「現状、勝算はあるのか?」
「んなもんねえよ。それを今から考えるんだ。相手は冷血な女帝だしな」
「2つ名が多過ぎて混乱してきたな」
要塞だの氷だの冷血だの、頭が痛くなる表現のオンパレードだ。よくそんな相手を狙おうと思ったな。
好意的に捉えるなら、相手が居ないのなら誰にでもチャンスはあるということにもなる、か。可能性はゼロじゃないとは便利な言葉だ。
「神条先輩のこと、どれくらい調べたんだ?」
「え、全然知らないぜ。一目惚れだったからな」
「それでよく手伝ってほしいって言えたな」
「恋愛は直感とパッションなんだよ!」
恋愛で重点を置く要素は人それぞれだからとやかく言うつもりは無いが、喜一の言う直感とパッションだけで意中の相手を射止められるなら誰も苦労しない。
これ以上詰めても無駄か。喜一の持ちうる情報は俺の知っている内容とさして変わらないだろう。
今後に不安を抱えて内心ため息をついていると、喜一が何かを閃いたように手を合わせた。
「あ、1個だけお前が知らなさそうな情報も持ってるぜ」
「期待はしてないが聞いておく」
「まあそう言うなって。超重要な話だ」
喜一が前のめりになったのを見て、俺もテーブルに肘を着いて顔を寄せる。あまり口外したくない内容なのだろう。
喜一の言葉を聞き逃さないよう、耳に神経を集中させた。
「なんと……神条先輩のスリーサイズは89/59/84のFカップだ」
「……」
想像を遥かに下回る無駄な情報に今度は大きなため息が口から漏れた。
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